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17 心からの叫び

 

 流石のアリヴィアンも裸で入浴中のエステルに声をかけるのを躊躇われたので、ぶらぶらと山の中を散策していた。

 頃合いを見計らい、洞窟に戻ろうとしているエステルを捕まえる。エステルはまさかアリヴィアンが外に出ているとは思わなかったようで、後ろから声をかけられてひどく驚いていた。


「騎士様…!? もう大丈夫なのですか」

「ああ…迷惑をかけた。寝たから良くなった。それよりエステルは…」

「私ですか?丁度温泉から出て来たところですよ。あ、騎士様も入浴されますか?すぐにお体を拭くものを持ってまいりますので、入っていて構いませんよ」

「………あ、ああ……」


 思い出すのは、先ほどのエステルの裸の姿。女神のように美しく、そしてなぜか切なくなったあれー。

 かっと赤面してしまったが、幸か不幸か、エステルにはアリヴィアンの様子は見えない。


「すぐに戻りますね!」


 にっこり笑いながら、忙しなく洞窟へ戻っていくエステルを見送る。

 別に断るつもりもなかったので、アリヴィアンは温泉へと足を運び、エステルが来るのを待たずして温かいお湯の中へ身を沈めた。


「ああ……」


 ざぶりと頭までお湯に浸かって両手で顔を洗っていると、思った以上に早く駆けてくるエステルの姿が見えた。


「騎士様、お背中をお流ししましょうか」

「……っ……。あ…あ、では頼もうか」


 盲目のエステルにはアリヴィアンの裸は見えない。だから堂々としたものだが、アリヴィアンはまた先ほどのエステルの姿を思い出して赤面してしまう。

 女の裸を見たことがないわけでもないくせに、そして己の裸を見られることも別に大したことではないと考えていたのに、今はなぜか気恥ずかしい。


「騎士様、ご無事で良かったです。どうしているかなあって心配していました」

「……そうか」

「万事解決、となりましたか?」

「…………」


 エステルの声は明るい。彼女の性格もあるだろうが、アリヴィアンの事を気遣っての世間話だろう。だがそれに対する良き返答が出てこない。


「騎士様?」

「……解決、ではないな。問題が山積みだ」

「…あらま」

「二人の兄と弟が死んで…な。私が兄の代わりに仕事をすることになってしまって…はは、我ながら何とも言えない人生だと思っているよ」

  

 アリヴィアンの髪を洗っていたエステルの手がぴたりと止まる。アリヴィアンは目を閉じて独白を続けた。


「戦が終わったわけではないのにゴタゴタが続く。私は兄弟の中でも身勝手で、割と図太いと思っていた。が、流石に堪えるものがあるな」


 アリヴィアンは、岩の上に横座りしていたエステルの方を向いた。お湯の中にいるアリヴィアンの方が低い位置にいるために二人の視線は合わないが、エステルはアリヴィアンの方をじっと見つめた。


 体も顔も近い。アリヴィアンの様子に、エステルは少し困惑しているようだ。

 アリヴィアンは視線だけを下に落とした。


「なんだかエステルの前では、私は恰好悪い男だな…。いつもはこんなではないつもりなのに。自分の情けなさを認識してしまって、嫌になるよ…」

「…逆に、騎士様がカッコイイことなんてあるのですか…」


 しみじみとそう言ったエステルに、アリヴィアンは苦笑する。


「酷いな。私はこう見えても王都では紳士として、戦場では騎士としてかっこいいと評判なのだよ。自慢するわけではないが、貴公子とも言われているのに」

「私には見えて(・・・)おりませんので」

「はは、そうだったな」

「前にも少しお伝えしましたけれど…。私の中の騎士様は、貴公子と言うよりも…とってもごつくて強面で筋肉モリモリなイメージですよ」

「強いのは否定しないが、私はどちらかと言えば騎士の中でも細身だ」

「そうでしたか!あとイメージカラーは黒とか青とか」

「そう言うと思った。しかし残念、金と白だな」

「………金髪ってことですか?」

「そう」

「それは残念。見てみたかったです。イメージが沸かないですねえ…」


 エステルの指がアリヴィアンの髪に触れる。先ほどまで洗っていたので、十分に濡れている。

 アリヴィアンは目を閉じてエステルの指をしばし感じていたが、エステルは撫でながら柔らかい声で言った。


「騎士様。泣きたいならば、泣いてもいいですよ」


 ひどく優しい声だった。

 アリヴィアンは目を丸くさせ、エステルを見る。エステルは笑っていた。


「どうせかっこ悪い姿しか私は知りませんし。今更ですって。私の前では見栄を張らなくてよいのですよ」

「……その言い方…なんか嫌だな…」

「それも今更ですって。辛いときは、辛いと叫ぶとすっきりしますよ。私でよければ、いつでも聞きます」


 今度は、エステルは両手でアリヴィアンの頭を優しく包み、自分の膝の上へとそれを乗せる。服が濡れるのを気にしていないようで、アリヴィアンの頭がエステルの膝の上に置かれると、エステルは緩やかに指で髪を梳く。


 心を囲っていた厚い壁が崩れていくのが分かった。

 アリヴィアンの手がエステルの腰へと巻き付き、ぎゅっと抱きしめる。エステルがやや前かがみになり、湯の中へ落ちそうな体勢になるも、正面でアリヴィアンが抱きとめる形となった。


「騎士様…!」


 戸惑うエステルを抱きしめながら、アリヴィアンは叫んだ。


「……なぜ、ディー兄上とボニーが殺されなくてはならなかった…。あの時私が…一緒に帰れば良かったのに。いや、あの時帰すべきではなかった!!」

「………っ」

「ディー兄上とボニーを殺した連中が憎い!連中を殺しただけじゃ腹の虫がおさまらない。連中の家族も恋人も、全員始末してやりたい!」

「………」

「おまけにエド兄上まで逝ってしまうなんて…!兄上を失ったら、この国はどうなる!?私は、どうやったってエド兄上のようにはなれない!あんな、完璧な兄のようになんて…!」

「……騎士様…」

「私が原因なんだ!私が…家族の中で一人だけ似てないから…勝手に劣等感を持って、勝手に王都を飛び出して!勝手に行方不明になって、兄上たちを巻き込んだ。全て私が原因だ!私が死ねばよかったのに!」


 エステルは黙っている。アリヴィアンはエステルの顔を見ることができないでいて。


「だと言うのに、誰も私の事を責めない。口々に、私のせいではないと言う。どうしたって私のせいだろうに…!くそ……!どうして私が生き残ったんだ…!兄上やボニーたちが死ぬくらいならば、私が死ねば!こんな多くの犠牲はなかっただろうに!」


 アリヴィアンは心の底から叫んだ。そうだ、悪いには全部自分だ。そもそもは自分が原因だ。


 これまでの経緯を何となく全部吐き出した。言うことを全て言ってしまったアリヴィアンは、はあと深い溜息をついてさらにきつくエステルを抱きしめる。エステルはアリヴィアンのされるままにしていたが、アリヴィアンが話さなくなったのを機にゆっくりと口を開いた。


「……そうですね。騎士様が、原因ですね。騎士様が全部悪いです」


 優しくもはっきりした口調で言われ、アリヴィアンは体が固まる。


「騎士なのに矢で討たれちゃうのも、二か月間もゆっくり療養していたのも、お兄さんと弟さんをむざむざと帰したのも、全部騎士様が悪いです。加えて騎士様は、どう頑張ったって、上のお兄さんには勝てませんよ」

「………ああ」

 

 分かっていたことだが、他人から言われるとやはり堪える。ぐっと奥歯を噛みしめていると、エステルは「でも」と優しく言った。


「やっぱりそれは騎士様のせいじゃないですよ。そうですね…ただ、時の運が悪かったと思いましょう?」

「………」

「あなたのせいだと、言って欲しかったのでしょう?そうして欲しいならば、私がいつだって言って差しあげます。でもね、第三者の私が聞いていても、やっぱり騎士様一人の責任ではありませんよ」


 まるで子供に言い聞かせるように、優しくエステルがアリヴィアンを慰める。アリヴィアンの目からは、静かに涙が零れ落ちた。


「それに騎士様が苦しんでいては、お亡くなりになったお兄さんも弟さんも、きっといつまでも騎士様を心配して天国には行けませんよ。いえ、ご兄弟だけではないですね。騎士様を慕う人たち、全員が悲しみます」


 エステルは笑いながら、両腕でアリヴィアンの頭を抱えた。その大胆な行動に、アリヴィアンは内心で驚く。

 だが耳はエステルの言葉を一字一句聞き洩らさないように注意を傾けていた。


「それに…私も悲しいです。騎士様が苦しむのを感じるのは…」

「………」

「きっと、時が癒してくれます。だから今は慌てずに、ゆっくりと休んでください…」

「………癒せる…だろうか。今こんなにも苦しいのに…」

「きっと。どんな苦しみも時間が癒してくれますよ。私も失明した時がそうでした」


 はっとしてアリヴィアンはエステルをその時しっかりと見た。エステルは変わらずに笑っている。


「絶望から立ち直るのに、何年もかかりました。でも今はこうして笑っていられます。楽しい事も多いです。幸せな事も……」

「………」

「騎士様…。騎士様は、ご自分が死ねばいいと仰いましたが、私は…騎士様が生きていてくれて…嬉しかったです……。こんな私でも誰かの役に立てたと思うと…騎士様の存在が、有難くて、尊くて……もう、言葉にならない程の感謝しかありません」

「……エステル……」

「だから騎士様。生きていてくれて、ありがとうございます。あなたが死ななくて、良かった…」


 ぽろりとアリヴィアンの目からまた涙が流れた。


 苦しい時間が続いた。その苦しみで圧し潰されそうで、堪らなく苦しかった。

 アリヴィアンはエステルの腕の中で、声を上げて泣いた。人生の中でこれ程まで大泣きしたのは、後にも先にもこの時だけだった。


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