13 疲弊した心
もう少し辛いアリヴィアンの状態が続きます…!
(本文ここぞって時に誤字ばかりですみません…!!恥ずかしい…汗 ご報告頂けて助かります)
休息が必要だと言われた日より四日後、ある事件が起きた。
その日の夜、アリヴィアンはベッドの中で何度も寝返りをうってゴロゴロしていた。眠気が全く来ないからだ。
目を閉じれば様々な出来事が浮かんでは消えて行く。それは兄や弟たちとの優しい日々の記憶だったり、騎士の仲間達と過ごした荒々しくも楽しい日々もあったり。エステルと過ごした洞窟での二か月間も。
しかしすぐに悲しいものに変わる。
「ああ……イライラする」
十分な睡眠がとれていないこともあってか、気分のムラが激しい。
そんな時、部屋の扉がゆっくりと開かれる音が聞こえた。枕の下にある剣を握りしめ、誰かが入って来るのを感じながら目を開けてそれを確認する。
入って来たのは若い女官だった。
部屋の前には見張りがいるはずなのに、どうして女官が入って来たのか。
敵の間者かとも思ったが、手には武器らしきものは握っていない。大方、美貌の王子アリヴィアンと一夜の夢を見たいとか言う類だろうと踏んだ。こんな事、アリヴィアンにとっては日常茶飯事だったからだ。
(扉前の衛兵たちを上手く買収したか…色気で釣ったかだろうか。ふん…まあいい。今日はこのままで…)
丁度苛々していた。自分の気持ちを持て余していた。ならばちょうどいい、八つ当たりの道具にでもなるがいい。そんな黒い感情が、アリヴィアンの心を支配する。
女官は全裸になると、アリヴィアンの上に跨った。勿論、アリヴィアンは寝たふりだ。
「アリヴィアン様…お可哀相に。わたくしでよろしければ、慰めてあげます」
女官はその顔をアリヴィアンに近づけ、キスをしようとした。
だがアリヴィアンはカッと目を開き、女官を一瞥すると馬鹿にしたような顔になった。
「無礼者。お前は私を殺そうとしたな」
「…え?嫌ですわ、殿下。勘違いですわよ。わたくしは」
「黙れ」
迷いなく握っていた剣を女官の身体に突き刺した。
ずぶりとした感触が剣からアリヴィアンの手に伝わる。
女官の叫び声が部屋中に響き渡った。
「煩い。黙れ。それと、目障りだ」
アリヴィアンの剣は女官の身体を引き裂く。生ぬるい、真っ赤な血がベッドの上に飛び散った。
「殿下!?いかがされましたか!?」
衛兵や他の者達が慌てて部屋に入って来て、その場の惨状を見て血の気を失った。
「無礼者が勝手に部屋に入って来て、私の上に跨った。最初は間者で、私を殺そうとしていると思ったからついつい殺してしまったぞ」
「……殿下……」
「それにしても、外の者達は何をしている?なぜ女官が入って来るのを止めなかった」
「っ…それは………!」
「ああ、分かった。グルだったってわけだな。下らなさ過ぎて、実に笑えてくる。さあ、グルだった連中は私がこの場で切り捨ててやろう」
「殿下!お許しを!」
「許せると思うか?お前達は王族を何だと思っている。ああ…分かったぞ。エドアルド兄上が突如流行り病にかかったのは、お前達が仕組んだことだな?おかしいと思ったのだ…あの兄上があっさりと病気で亡くなるなんて…。何か工作をしたのだろう?」
八つ当たりもいいところだなと頭の中では冷静に分析していたアリヴィアンだが、もはや止まらない。青ざめて震える数名の者達を前に、高揚感すら感じていた。
「違います!王太子殿下には何もしておりません!」
「ではなぜ私にはこのようなくだらない真似を?」
「それは……その……!リリアナは…!その女官は心から殿下を慕っておりました!一夜の夢でいいからと……!」
「私がいつ望んだ?こんな、好みでもない女を」
「……っ!」
「王族の部屋に勝手に入るということがどういうことが…まさか知らないとでも?」
「お…お許しを!お許しを殿下!」
「こんな馬鹿ばかりが私の部屋の前に立っていたとはな…くくく。全員死にたいらしいな。そこに並べ」
笑いながら剣を振り上げたアリヴィアンを止めたのは、騒ぎを聞きつけた近衛兵や宰相たちだった。
「殿下!殿下!この者達は厳重な罰を与えますので!どうか、ここは私にお任せ下さい!」
宰相のローレンツが来たことでその場は治まった。殺されないと知って安堵した者達は泣いている。
「実に下らない。煩わしい…。全員死ねばいい」
「……アリヴィアン殿下!」
「…宰相。私は休息をとる。ただしここではない、違う場所でだ。ここでは馬鹿な女共が寄って来てゆっくりできないからな」
「……はい、承知致しました。どちらでお休みになられますか?」
「マハノヴァ辺境伯のところへ行く。あそこでゆっくり休む」
「……しかし戦場は駄目だと王が」
「戦場ではない。洞窟だ。光が一切入らない、暗い闇の中だ」
「………」
それは何かの例えだと宰相は思ったらしい。
だが詳しく聞くことはできなかった。衛兵や女官たちのあり得ない失態に怒りが爆発しそうなアリヴィアンに、これ以上細かく聞く勇気は宰相のローレンツにもなかった。
アリヴィアンがこんなに怒ることは珍しい。
普段は他の王子たちと同じように穏やかで声を荒げることはないが、しかし他の王子と違う点を上げるならば、アリヴィアンが騎士である事だった。
エドアルドもディートリアンも教育の一環として剣を習ったが、それで誰かを殺したことはない。
そういう役目は護衛や騎士がする仕事であったし、王子たちも人を殺すまで訓練を徹底されたわけではない。
しかしアリヴィアンは紛れもなく騎士であり、戦場で戦っていたのだ。何人もの敵をその剣で薙ぎ払ってきたのだ。
今だって、部屋に侵入してきた女官を迷いなく斬り捨てた。
美しい顔をした王子はその容姿のせいか、弱く儚い印象を持たれることが度々あるが、彼をよく知る者達から言わせればとんでもない。いざとなれば兄弟姉妹の中で、一番冷静で冷酷になれる人物だった。
「では後片付けは頼んだ。城門を開けるように指示を出せ」
「……!?え…!?殿下、こんな真夜中に出られるのですか…!?」
「そうだと言っている。一刻も早くここを出たい」
「しかしお待ちください!今は夜です。門は開きません!それに陛下たちにも諸々の事情を知らせないと…」
「いいから言う通りにしろと言っている。これ以上ここにいると、爆発してしまいそうで私は自分が怖い」
ぎらりと光る目を見て、ローレンツは渋々と頭を下げた。
これ以上の説得は無意味だと分かったからだ。
「我儘を言ってすまないな。父上には…よろしく言っておいてくれ」
最後にぽつりと、振り向かずにローレンツにそう言ったアリヴィアンの姿があまりにも痛々しい。
ローレンツは無言で頭を下げた。
アリヴィアンは馬に跨って王宮の外門を、そして王都を囲う門を潜り抜けた。
夜の星々が空一面を美しく飾っている。
エステルは、あの綺麗な夜空を見ることなく、今日もきっと洞窟の中で静かに暮らしているのだろう。
早く、早く辿り着きたい。
アリヴィアンは一心不乱で、夜の道を馬で駆け抜けた。
【登場人物紹介】
●ローレンツ……宰相。五十代。
●ジェミアン・ハンネフェルト…二十七歳。伯爵家の嫡男。元エドアルドの補佐官。
●ラース……二十三歳。アリヴィアンの元同僚。アリヴィアンの護衛となる。
●ウルリヒ・ドレッセル……二十五歳。伯爵家出身。補佐官。