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12 王太子へ

「無理です…! 私が王太子なんて…! とても無理です!」


 王と王妃、それに宰相ら側近たちにアリヴィアンが王太子になることを告げられれば、アリヴィアンは狂ったように叫んだ。


 王家には十人の兄弟がいて、その内の四人は王子、そして六人は王女だ。

 その王子の三人が時を同じくして死んでしまったのだ。誰がどう見ても、次期王位に就くには唯一残った王子のアリヴィアンだった。


「お前ならばできるよ。お前はいつだって立派な騎士であり、王子だった」


 王はそう言い、周りの者達も頷いたが、アリヴィアンは首を振った。アリヴィアンは自分がいかに情けない男なのかをよく知っている。王太子なんか、ましてやゆくゆくは王なんて出来るわけない。


「私はエド兄上のような、立派な王太子なんてなれません…!ただ剣を振り回すような男です」

「そんな事はないと言っている。それにエドと比べる必要もない。アリヴィアンにはアリヴィアンのやり方でいいのだよ。政治に関しては周りの者達が助けてくれるだろう。何もお前一人で背負う必要はない」

「ダメです…!そんな無能な男、王なんてなれません!」

「…お前は無能ではない。優秀な王子だ」


 アリヴィアンは外では王子として、そして騎士として正しく振舞っていた。容姿端麗なこともあり、アリヴィアンの評判は国民にとってとても良いものだった。

 とは言え、アリヴィアンは自分のことをそこまで高く評価していない。所詮作られた、仮面にすぎないと。そう思っていた。


「どうかご検討下さい、父上…いえ、陛下。俺は王なんてなれる器ではありません。ミロ姉上の方が…王に向いております!」


 アリヴィアンのすぐ上に、ミロヴィアーナという第一王女の姉がいた。ミロヴィアーナはとても優秀で頭の回転が速く、そして気が強い女性だった。まさに人の上に立つに相応しい女性で。


「ミロ姉上ならば女王としてこの国の良き君主になれるでしょう。少なくとも、私なんかよりもずっと…」

「ミロはもうすぐサヴィーナ国の王妃となることが決定しているだろう?何年も前から決まっていた事だ」

「……しかし!」

「お前が本当に死んで、王位を継ぐ男子がいなかったならば、ミロに女王になってもらうしかなかっただろうな。だがそうはならなかった。だからお前が王太子だ」

「では今すぐに私が消えます!ですから…!」

「馬鹿な事を申すでないっ!」


 怒鳴り声をあげた王の姿を初めて見たアリヴィアンは驚いて言葉を継げなかった。

 王はふう、ふうと荒い息を整えると、力なく椅子に座る。周りの者達も、静かにそんな王とアリヴィアンを見つめるだけだ。


「馬鹿を言うでない…。お前まで失ったら……私は……」

「……父上……」


 手の平を額に当て、うなだれた王の姿を見てアリヴィアンは自分の放った言葉に後悔した。今の王は王ではなく、父親としての姿だった。

自分はどこまで親を、大切な人たちを悲しませてしまうのだろうと。


「…申し訳、ありませんでした…。心無い言葉を口にしました…」

「………ああ…」

「……王太子の件、謹んでお受けいたします。良き王となれるよう、精進して参ります」


 無表情で頭を下げた我が子・アリヴィアンの様子を王は悲しそうな顔で見つめる。


 そんな空気の中、割って入ったのは宰相のローレンツだった。


「王、少しだけアリヴィアン殿下にお時間を与えてあげてはいかがでしょう?」

「……どういうことだ」

「考えても見て下さい。アリヴィアン殿下は二か月間、怪我で行方不明でした。そして立て続けに王太子殿下とディートリアン殿下、それにボニファーツ殿下を失ってしまっております。心の休息が必要です。でないと、心労がたたって…」


 王たちはハッとした。

 王太子・エドアルドの悲しみと苦しみに誰も気付いてやれなかったことを宰相が言っていると気付いたからだ。


「分かった…。アリヴィアン、しばしゆっくり休め。王太子になることは…その間、考えなくていい」

「……ですが私は……」

「頼むから、休んでくれ。今の状況で仕事をこなしても、お前がダメになるだけだ」

「…………」


 それもいいのかもしれない。自分の精神状態がまいっていることは、自分でもよく分かる。


「のんびりするのもいいし、どこかに行きたければそれも良かろう。ああ、戦場はダメだ。今のお前では死に急ぐかもしれないからな…」

「………はい」


 行きたい場所なんてない。ただ、何も考えずに静かに過ごしたい。

 ふとそう思えば、なぜか浮かび上がるのはエステルの顔だった。


(元気にしているだろうか…。はは……、私よりかは…元気かな)


 エステルの元から離れて、既に三か月が経とうとしている。


「アリヴィアン殿下、少しよろしいでしょうか」


 部屋に入って来たのは、宰相のローレンツと見知った者達が数名。無表情のアリヴィアンを見て、彼らは胸を痛めた。


「殿下、この者達の紹介だけさせて頂ければと存じます。殿下が王太子となった折、傍に控えさせて頂く者達です」


 ローレンツがはじから若者を紹介すると、一人ずつ頭を下げてアリヴィアンに自己紹介を始めた。


「ジェミアン・ハンネフェルトと申します。エドアルド殿下の補佐を務めておりました」

「……! エド兄上の補佐を…?」

「はい。アリヴィアン殿下を補佐していけるだけの力があると自負しております。今後、どうぞよろしくお願い致します」


 ジェミアン・ハンネフェルトは二十七歳の伯爵家次男らしい。童顔で、可愛らしい顔つきをしているが、エドアルドの補佐官だったというから、かなり頭が切れる男だろうとアリヴィアンは思った。


 ジェミアンの方もアリヴィアンをじっくりと眺める。

 エドアルド王太子の傍にいた最側近だったから、アリヴィアンの事は多少なりとも知っていた。エドアルドが可愛がる弟妹の中でも、最も心配していた弟殿下だと。


(ずっと戦場におられたからこうして真正面から話すのは初めてだな。噂通り美しい王子殿下だな……。果たしてこの美しい王子は、エドアルド王太子を越える逸材となるだろうか?)


 心の内でそんな事を考えているジェミアンの横で、アリヴィアンとは顔見知りの男が頭を下げた。


「ラースです。殿下、お久しぶりです…」

「……ああ、ラース。元気そうで何よりだ」

「………殿下は……。いえ、何でもありません。今後、殿下の護衛に付くことになりました。よろしくお願い致します」


 同じ騎士団所属のラースで、何度も戦場を駆け抜けた同僚は、こうしてアリヴィアンの護衛となった。


「私に護衛は必要ないが…元騎士だぞ」

「そうは仰っても、王太子となられるのです。護衛は必要でしょう?殿下の事をよく知る俺が抜擢されたのも…何かの縁だと思います。命の限り、お守りさせて頂きます」

「……命をかける必要なんてないよ。私には」


 ぽつりと言った言葉が悲しい。ラースはそれ以上何も言わずに頭を下げた。


 最後に紹介されたのは、同じく補佐官になる男のウルリヒ・ドレッセルという眼鏡をかけた男だ。

 ジェミアンと同じく補佐官になるが、彼の場合は貴族院の方に顔が利くらしく、今回宰相が是非アリヴィアンにと抜擢してきたらしい。

 騎士団育ちのアリヴィアンは、どうしたって他の貴族達と交流が薄いから。


「時に殿下、失礼ですがお妃を早くお決めになることをお勧め致します」


 ウルリヒという男は少々せっかちであるらしい。

 挨拶もそこそこにして、初対面のアリヴィアンにずばりとデリケートな話題をぶち込んできた。


「……なんだと?」


 低い声を出したアリヴィアンを無視して、ウルリヒはガツガツと踏み込んでくる。


「これは是非最優先でお考え頂きたいことです。王太子殿下とディートリアン殿下が亡くなってしまいましたし、お二人にはお子様がいません。この上さらにアリヴィアン殿下に何かあってからでは遅いのです。故に、殿下は早くお妃を決めて頂き、お世継ぎを」


「おいウルリヒ!」


 ラースとジェミアンが慌てて止める。今、エドマンドとディートリアンの話題を出すのは良くないと。

 しかしウルリヒはどうやら人の感情の機微に疎い男だったようだ。なぜダメなのか?という顔をした。


 案の定、アリヴィアンはドロドロした嫌な感情が沸いて来るのが分かり、窓の外を見て、全員に背中を向けた。


「ご苦労だった。全員下がっていい」

「…しかし殿下!」

「下がれと言っている」


 ギロリと鋭い視線を向けられ、流石のウルリヒも留まり、礼をしてから部屋を退出した。


 一人きりになると、アリヴィアンは目を閉じて苦悩に耐える。


「私は…本当にできるのか?ここで……この王宮で王太子としてなんて……」


 優秀だったエドマンドのような仕事を。多くの貴族達と話し合い、国の為に手を取り合って模索していくことを。外国と戦争しないように交渉することを。そして世継ぎをもうけるために、愛してもいない女を抱くことを。


「…………ああもう。あの洞窟で、のんびり温泉につかりながら過ごしたい……はは、なんてな……」


 自分自身を馬鹿にしたような笑いをして、深く溜息をつく。

 今、無性にエステルに会いたかった。


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