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11 悲しみの連鎖

 その後すぐさま野盗たちは捕らえられた。

 連中もそれなりに修羅場をくぐってきたようだったが、正規に訓練された騎士団達に敵うはずもなく、ほぼ全員が生きたまま捕らえられた。


 野盗たちは比較的身分の高い者達を狙って殺し、金目になりそうなものを奪っては他国で売り払っていた。そうしないと自分達が生活できなかったからだ。


「戦争を引き起こしたのも貴族達だ。自分達は戦わないで、身分が低い者達を戦場に送る。だから連中から奪えばいい」という何とも自分勝手な考えを持っていた故に、ディートリアンとボニファーツの一行を襲った。

 自分達が襲ったのが王族だとは夢にも思わなかったようだ。


 王族が外出するくらいだ。沢山の護衛がついていてしっかり守っていたし、野盗たちが真っ向から挑んで勝てるわけない。

 当然野盗たちもそんな事は承知していたが、同時に地の利がこちらにあるということもよく知っていた。

 マハノヴァ領は隣国との国境近い土地だ。敵を易々と侵入させないために、道は狭く入り組んでいる。慣れない者がここで戦えば苦戦するだろう。


 そこを狙われたのだ。




 ならず者を捕らえたからと言って誰も喜びの声を上げなかった。


 アリヴィアンは無表情で兄と弟の死体を見つめる。大声で泣きもせず、ただ感情が抜け落ちた顔があまりにも痛々しく、誰も声をかけることができなかった。


「なぜ…なぜ二人が殺されなくてはならない……」


 夜は眠れなかった。厳しくも優しいディートリアン、やんちゃなボニファーツの顔を思い出して胸が苦しくなる。


 戦時中だから、この辺り一帯は危険だとアリヴィアンは知っていたはずだ。護衛が付いているから大丈夫だとなぜ楽観的な思考でいられたのか。

 なぜ自分が途中まで送りますと言わなかったのだろうか。二人はわざわざ王都から自分の無事を確認しに来てくれたと言うのに、自分はあっさりと二人を帰すだけだったのだろうか。

 様々な後悔が波のようアリヴィアンに押し寄せる。


 ぐちゃぐちゃな悲しみと苛々。目の中に隣に置かれた剣が目に入ると、それを持ってアリヴィアンは部屋を飛び出した。

 目的は、野盗たちがいる場所だった。


「殿下!!」

「…ここを通せ。ここに私の兄と弟を殺した者達が収容されているのだろう?」

「いけません殿下!!抑えて下さい!」


 アリヴィアンが野盗たちを殺そうとしているのは明白だった。

 誰しもその気持ちは理解できた。だが捕らわれた者達は、裁判にかけられて罰が下されることになっている。実行犯たちには死刑が下るだろうが、中には嫌々手伝わされていた者や子供もいるのだ。


「殿下…、お願いです!抑えて下さい!生きて捕らえたからには、裁判にかけなくてはいけません…!」

「いいからどけ!私がこの手で殺してやる!邪魔をするな!」


 今のアリヴィアンならば、全員殺しそうな勢いだった。


 そうして激高しているアリヴィアンの前に、騒ぎを聞きつけたレイヴン団長が現れた。非常に苦しそうな表情で、どこか憐れんでいるような視線もアリヴィアンのイライラをさらに助長させる。


「殿下、気持ちは分かるがそれは許可できん。剣を下ろせ」

「……団長!ですが、奴らは王子二人を…!」

「分かっている。分かっているし、お前の気持ちも理解できると言っている。だが、駄目なものは駄目だ」

「……………っ!」


 剣を下ろして悔しそうに唇を嚙みしめたアリヴィアンの肩を、レイヴンがそっと抱きしめた。


「…明日、ご遺体を王都に送る。お前も共に行け」


 レイヴンの声が耳元で聞こえたが、アリヴィアンの頭は怒りと情けなさで一杯で、レイヴンの言葉に頷くこともできなかった。



***

 

 二人の王子の亡骸は王都に送られ、アリヴィアンもその時は流石に兄弟の遺体と共に帰還した。


 王宮では、悲しそうな顔をした王と泣き崩れた王妃、そして同じく泣きはらした兄弟姉妹に迎えられ、アリヴィアンは苦しそうな表情で頭を下げる。


 最も辛かったのは、ディートリアンの新妻が大声で泣き崩れたことだ。


「いやああああ!ディートリアン様!どうして…!私を置いて逝くなんて……!いやああああ!」


 二人は長年の恋を成就させて結婚したばかり。だと言うのにディートリアンの死は、この新妻をどん底へと突き落とした。

 仲の良い王と王妃に負けないくらい、ディートリアンとこの妻・バルバラは誰もがうんざりするほどのカップルで、どこに行くにしてもいつも一緒。

そんな二人を永遠に引き裂いてしまったのは自分だと、アリヴィアンは己を殺したくなった。

 




「二か月間行方不明だったこと、お詫びいたします。そして私の不甲斐なさから、ディー兄上とボニーをみすみす死なせてしまいました…!死んでも償いきれません…!」


 深々と頭を下げてアリヴィアンは謝罪した。罰ならば受けますと強く言い放って、更に頭を深く下げる。

 だが父王はそんなアリヴィアンを黙って腕の中で包み込み、「お前が無事で良かった」と言った。


 泣いてしまいたかった。だがそんなみっともない真似はできなかった。


(私には泣く資格なんてない…。敵兵に怪我をさせられた、駄目な騎士。二か月もの間、ぬくぬくとエステルに甘えた情けない奴。ディー兄上とボニーが襲われるとも予想ができなく、二人の仇を討つことも許されない、使えない男…!)


 そして家族も周りの者達も誰も責めない。むしろよく戻ってきたと言うばかりで。


 誰か叱って欲しかった。こんなダメな自分を、思いっきり叱って欲しかった。

 王都に戻ってきたというのに、心は晴れない。第二王子と第四王子の葬式が行われ、王宮は悲しみで満ちている。


(兄上たちを殺したのが敵だったならば…この怒りもどうしようもない気持ちも、全部ぶつけられたのに……)


 アリヴィアンはすっかりふさぎ込んでしまった。その美しい顔からは笑顔が消え、ぼうっと外を見るばかり。


「アリヴィアン、お前のせいではないよ」

「……エド兄上……」


 部屋に入って来たのは王太子のエドアルドだった。悲しいのも泣きたいのもアリヴィアンだけではないと言うのに、エドアルドは王太子としての務めを果たし、立派に公務をこなしている。

 ふさぎ込んでしまった自分とは違い、立派な王族の兄がそこにいた。


「アリヴィアン、誰もお前のせいだとは思っていないよ。だからどうか自分を責めないでおくれ」

「…………」

「家族でこの悲しみを乗り越えよう?悲しみに引きずられては、更に良くないことが舞い込むだろう?今は戦争中だということもあるしな。弱り切った姿を見せていては、他国に突き込まれてしまうよ…?」

「…………はい……」


 王太子の兄は、アリヴィアンを優しく抱き込んでくれた。

 兄の優しい心遣いに、少しだけ浮上する。アリヴィアンは兄の服を抱きしめ返すと、ほうっと息を吐いた。


「すみません…エド兄上もお辛いでしょうに…。私だけこんなになって…」

「仕方ないさ。お前はディーとボニーが死んだところにいたのだから…。僕なんてまだマシだと思っているよ」

「……そんなことは」

「大丈夫さ。今はゆっくりと休みなさい。面倒事は僕に任せていいよ。その代わり僕が王になった時は、お前に沢山働いて助けてもらうから問題ない」

「……エド兄上の助けになるならば、喜んで…」

「うん」


 悲しみで臥せってしまったのはアリヴィアンだけではなく、王妃や姉妹たちもだ。

 その中でも王と王太子のエドアルドは精力的に動き、特にエドアルドは夜な夜な嘆く王を慰めることもしていたようだ。


 アリヴィアンも、この時ばかりは誰かに頼りたかった。

 そしてそんな気持ちを察してくれたのか、優しく受け止めてくれたのはやはりエドアルドで。


「全く…、お前は大きな子供の様だね。本当に騎士だったのか?」


 軽口を叩きながら、笑ってアリヴィアンの傍にいてくれたエドアルド。

 



 だがその王太子・エドアルドはそれから一月後に他界してしまう。流行り病にかかってしまったのだ。

 

 アリヴィアン達には見せなかったが、心労が積もりに積もっていたようだと医者は言った。ディートリアンとボニファーツが死んだことは、エドアルドも悲しみの海へと突き落としていたようだ。


「気づかなかった…。エド兄上は、いつも笑顔で堂々としていて!優しく私の傍にいてくれたから…!」

「……エドアルド殿下は…昔から我慢強い性格でしたから。長男故に泣き言も言わなかったですからね…。誰しもエドアルド殿下を頼ってしまいました。本当は誰よりも苦しかったでしょうに…」


 ホロリと泣いた宰相の言葉に、またもやアリヴィアンは後悔が募る。


(私は…なんて奴だ…。全く周りに目を向けることができない…。なぜこんな私が、生き残ったのだ…!)


 短期間でドロニア国は三人の王子を失うこととなってしまい、特に王太子・エドアルドが死んでしまったことは大きな衝撃を各方面に与える。


 そして王太子と第二王子が死んでしまったことにより、必然的に、アリヴィアンが王太子となる運びとなったのだ。



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