10 兄と弟
数日後、アリヴィアンの無事の知らせを受けて兄の第二王子・ディートリアンと、弟の第四王子・ボニファーツが飛ぶようにして会いに来た。
第二王子のディートリアンはアリヴィアンの一個半上の二十六歳、弟のボニファーツは十も離れているが、仲の良い兄弟たちだ。アリヴィアンだけが兄弟姉妹たちと距離を置くようにして生活をしていたが、彼らのことを嫌っているわけではなく、むしろ好きだった。
好き故に、自分だけ違う容姿ということが棘となってアリヴィアンの胸に刺さっていたわけではあるが。
ディートリアンとボニファーツは馬車から降りると、そのままアリヴィアンに抱き着いて来た。
周りには大勢の関係者やら人がいるというのに、そんな事は全く気にせずに。
「この馬鹿者! 死んだかと思ったぞ!」
「アリー兄上! 本当に…生きている! ああ……!」
「…ご心配かけました。ディー兄上、それにボニー」
「本当に! 本当に心配致しました!」
「父上や母上の心労を考えろ! 妹たちにも散々泣かれたぞ! お前はもう少し、自分の立場を自覚しろっ!」
「……はい、そう致します」
王族はとても家族仲がいいと非常に有名な話だ。
抱き合うアリヴィアン達の姿を、その場にいた者達は微笑ましそうな顔で見ている。
「わざわざ会いに来てくれてありがとう、ディー兄上…ボニー」
「……馬鹿者…! 当たり前だ!」
「でも兄上は特に…新婚でいらっしゃるのに……」
ディートリアンは一年前に長年の恋人で婚約者だったご令嬢と結婚したばかりだ。
王太子である第一王子・エドアルドも既に結婚はしているが、彼にはまだ子供がいないので、ディートリアンのところとどちらが早く子供ができるかと世間では密かににぎわっている。
「全くだ。愛しの妻を放っておいてこの私が来てやったのだからな!お前、これで私が離縁でも突き付けられたらどうしてくれようぞ!」
ドヤ顔で言い放つディートリアンに、弟のボニファーツは笑った。
「アリー兄上、ディー兄上と奥方は少し離れていたくらいで離縁は絶対しませんので。もうこっちが見ていられないくらい甘い雰囲気でゲロ困ります。たまには離れて、のんびりすりゃいいって思いますけれどねぇ」
「……ボニー、お前…久しぶりに会ってみれば……なんて言葉遣いを」
唖然としたアリヴィアンに、ボニファーツは笑った。
「僕、実は騎士団に入ろうと思いまして!アリー兄上と同じように、国を守る要になりたくて!」
「……ボニーが?」
「ええ! アリー兄上ばかり大変な想いをさせるのはどうかと思いまして! 僕は第四王子ですし…勉強もあまり好きではないですし」
「奇遇だな。私も勉強は好かない」
弟が自分と同じ道を志そうとしている。その事を聞いて、アリヴィアンは嬉しくなった。
自分とは似ない黒髪の兄弟を抱きかかえ、アリヴィアンは幸せな気持ちを味わう。あまり見ようとしなかった家族なのに、彼らはこうして自分の無事を喜んでくれていると。
(薄情な私をここまで心配してくれていたなんて…。失うかもしれないと分かってから気付くなんて…私は本当に馬鹿だな)
ディートリアンはアリヴィアンの両肩を掴み、はっきりと言い放つ。
「アリヴィアン、このまま私達と共に王都へ帰ろう。有無は言わせないぞ」
「いえ、ディー兄上それは…」
「父上や母上の気持ちを考えろ!お前が行方不明となった時のあの嘆きは……!」
「………有難いことです……」
「いいか、何度も言うが、お前は王子だ!確かに騎士団に所属してはいるが…その前に王子なのだ!」
「存じていますが」
「だったらこのまま王都に戻るぞ!いいか、これは決定事項だ」
だがまた停戦に至っていない。ここで一人の騎士にすぎない己だけ安全な場所へ戻るのはいけないとアリヴィアンは兄と弟に言い聞かせた。
「ここで戦う味方を放置して俺だけ王都に戻れば、無責任な王族だと思われてしまうでしょう。必ずや勝利をもぎ取り、王都に戻ります。それまでどうか、待っていてください」
「……くっ!相変わらずの頑固者め!」
アリヴィアンは笑った。自分だけ似ないと兄弟姉妹を避けたこともあったが、彼らは相変わらずアリヴィアンを大切にしてくれる。
「言っておくが、死ぬことは許さないからな!」
「アリー兄上、絶対に! 絶対に戻って来て下さいよ! そして僕に剣を教えて下さいね!」
「ああ、きっと! ディー兄上、ボニー! 皆によろしく伝えておいてくれ!」
「分かっている! 戦争なんて早く終わらせて、王都に戻ってこい!」
結局ディートリアン王子とボニファーツ王子はアリヴィアンを連れて帰ることなく、王都に戻った。アリヴィアンはいつまでも去り行く兄弟の一行を眺めて手を振っていた。
だが不幸なことに、この後二人は護衛騎士ともども野盗の集団に襲われて命を落としてしまう。
戦争が悪化すれば、治安が悪くなる。食べ物は少なくなり、領民同士で争いが勃発することも度々あるのだが、二人の王子は運悪く襲われてしまい、そして運悪くもその命を落とすことになった。
知らせを受けたアリヴィアンは、目の前が真っ暗になって立っていられなくなった。
「ディー兄上……!ボニー……!」
崩れ行くアリヴィアンを、レイヴン団長が強く引き寄せて立たせた。騎士達も王族が襲われて命を落としたという知らせを聞いて絶句したものの、王子を殺した連中を捕らえて殺してやる!と大声を上げて出陣した。
だがアリヴィアンは出陣が許されなかった。
王子であるアリヴィアンを失うわけにはいかないということもあったのかもしれないし、頭が混乱しているアリヴィアンを戦場へ放り出すわけにはいかないと判断されたのかもしれない。
(そんな…!なぜ二人が……!なぜ!なぜ……!)
アリヴィアンは、ずっと頭を抱えて、心の中で叫んでいた。
【登場人物紹介】
●ディートリアン……享年26歳。第二王子。ドロニア国の国王の第二子。既婚者で子供なし。
●ボニファーツ………享年13歳。第四王子。ドロニア国の国王の第八子。