第1章 第6話 どうやら固有スキルがないらしい
僕は、あらためて湖の先に見える像を見た。
夕日に照らされた像は、鮮やかなオレンジ色に輝いている。
あれがかつての自分の姿であって、空虚の空間からここを造ったのだと思うと、いまの僕には実感はないけども少し誇らしい。
かつての僕は人間だったのであろうか?
「あんたが、初代の所長だったなんてね~。」
目の前を飛ぶトンボ・・・ならぬ妖精のミアが話しかけてきた。
「この場所を造るほどでやんスから、ものすごくレベルが高かったんでやんスかね~。」
ポランが、あの像と僕を見比べる。
「レベルって、やっぱりモンスターとの戦闘で上げるの?」
僕は、これまでに喧嘩すらしたことはない。
武道や格闘技の経験とも縁遠かった人生である。
「戦闘だけじゃないわよ。こんな可憐な妖精が戦闘できると思う?」
「レベルを上げるためには、色んな手段があって“経験値”を稼ぐんでやんス。」
経験値を稼いでレベルを上げるということはイメージできる。
その経験値を稼ぐ手段とは、戦闘以外にどんなものがあるのだろうか。
僕は首を傾げた。
「まあ、レベル1のあんたなら戦っても楽勝よね。」
ミアは、僕に向かってボクシングのシャドーのような動きを見せた。
うん。
とても弱そうに見えるのだが。
「あんたもステータスが見えるようになったんだから、わたし達のも見えるでしょ。」
「ステータスは、“異世界免許教習所に雇われし者”だけが見ることができるんでやんス。」
僕はミアとポランをよく見てみた。
《ミア》
■系統種族:妖精系-光ピクシー ■年齢:22 ■レベル:3
■経験値:3250/4000
■HP:40/40 ■MP:100/100
■攻撃力:1 ■防御力:2 ■魔力:10
■ちから:1
■ものまもり:2
■すばやさ:5
■きようさ:2
■かしこさ:4
【スキル】透過
しびれ粉
回復
【ジョブ】ヒーラー
【称号】異世界免許教習所に雇われし者・新米
《ポラン》
■系統種族:元素系-ブラックタール ■年齢:150 ■レベル:3
■経験値:3100/4000
■HP:70/70 ■MP:30/30
■攻撃力:8 ■防御力:2 ■魔力:5
■ちから:8
■みのまもり:2
■すばやさ:2
■きようさ:2
■かしこさ:4
【スキル】形状変化
硬化
【ジョブ】モンク
【称号】異世界免許教習所に雇われし者・新米
う~ん。
ミアが相手だったら、何となく勝てそうな気がしないでもない。
そんなことを思った僕の雰囲気を察したミアが、頬を膨らませて迫ってくる。
「あんたなんて、わたしのしびれ粉でイチコロよ!」
「しびれ粉?」
僕は、改めてミアのステータスを見てみた。
確かにスキルにしびれ粉と表示されてある。
恐らくは、相手を痺れさせる粉でも振りまくのだろう。
危険だ。
ミアを怒らせるのはやめておこう。
「二人ともスキルがあるんだね。やっぱりレベルが上がるとスキルが手に入るの?」
「普通は、最初から種族ごとの固有スキルを持っているわよ。」
「オイラ達はまだレベルが低いから、新しいスキルは覚えてないでやんス。」
ポランは肩を落として、残念そうな顔をした。
どうやら種族ごとに固有スキルというものがあるらしい。
「僕は人間・・・ヒト系-コモンだけど、固有スキルはないのかな?」
「どうなんでやんスかね? それこそ明日、大賢者に聞いてみれば良いでやんス。」
ぐ~。
ぐぐぅ~。
きゅるる~。
3人のお腹が同時に鳴った。
みんなのお腹が一緒に鳴ったので、不思議と笑いが込み上げてくる。
「お腹すいたでやんス。メシにするでやんス。」
ポランがお腹をさすりながら、ミアと僕を見て言った。
「賛成~!」
ミアがくるっと円を描いて飛ぶと、ポランの頭の上でポーズを決めた。
そこで僕は気づいた。
「どうしよう。僕、そんなにお金を持っていないや・・・。」
ポケットの中から財布を取りだしてみる。
元学生の財布には、雀の涙ほどのお金しか入ってないのだ。
そもそも、僕が元いた世界のお金は、ここでも使えるのであろうか?
「ん? オイラもお金は持ってないでやんス。」
「ん? わたしもお金なんてないわよ。」
ポランとポランの頭に乗ったミアが、2人とも同じように首を傾げたポーズをする。
「ん? お金がなかったら、どうやって生活するの?」
世の中何でもお金が必要となる世界で過ごしてきた僕には、お金がないという生活は想像つかない。
僕は、ポランとミアと同じように首を傾げた。
「ん?」
「ん?」
「ん?」
いかん。
何かが通じていない。
「とにかく食堂に行くわよ!」
「もう腹ペコでやんス。」
ポランが僕の手をとって歩き出そうとする。
僕は、ポランに手を引かれながら、とりあえず歩くことにした。