第1章 第5話 どうやらレベルは1らしい
「それでだ。ミライ、君にはとても言いにくいことを伝えなければならない。」
ゴラン所長は深刻な表情をつくった。
「何でしょうか・・・。」
僕は、生唾を飲み込むような気持ちで返事をする。
「実はな、君を元いた世界に元のまま戻すことができないのだよ。」
申し訳なさそうな顔をして、ゴラン所長が僕を見る。
何となく、そんな予感はしていた。
だって、異世界転生した人が元の世界に元のまま戻るなんて話は、僕の知るマンガや小説の知識ではないのだから。
「とても寂しいであろうが・・・。」
「それがですね。自分の家族や友達の記憶がないので、なぜか寂しいと感じないのです。」
僕は素直にそう思えた。
「そうか。しかし、元の世界に新たに転生させることはできる。」
「転生ですか?」
「そう。ここで教習を受けて転生免許を取得すれば、転生することができるのだよ。」
ゴラン所長は、そう言うと左手を上げて何かの合図をした。
すると、宙を羽ばたいていた何冊かの本と、本棚にあった何冊かの本がバタバタと飛んでくる。
「もし、ミライが違う世界に転生したいと望むなら、それも可能だ。」
「望む世界ですか・・・。」
「これらの本は、8つの世界のことをそれぞれ記しておる。」
僕の目の前で、勝手にパラパラッと捲れていく本のページには、様々な料理の絵が描かれている。
この本は、きっと僕がいた料飲の世界とやらを説明する本なのであろう。
他の本を見ると、魔法陣のようなものが書かれている本もある。
「この教習所で優秀な成績を修めたら、転生する時にその世界で“有利”になるでやんス!」
ポランが声を大にして言った。
「私のオススメはやっぱり料飲の世界だけどね~。とっても人気だし。」
どうやらミアは、食い意地が張っているらしい。
美味しい料理や飲み物が沢山ある世界が、8つの世界の中でも人気が高いというのは理解できる。
でも、実際にその世界にいたら、何でもお金が必要になるけどね。
「あの。一つ質問しても良いでしょうか?」
僕は、ゴラン所長の顔を見上げて言った。
「なんだい? 遠慮なく質問したまえ。」
「その。転生ではなくて、この異世界免許教習所で“働く”ことはできるのでしょうか?」
「ほう? ミライは、ここで働きたいのかい?」
ゴラン所長は、僕の意志を確かめるように見てくる。
「はい。ここなら、8つの世界のことを全部知れるのかなと・・・思いました。」
「フハハハハハッ!」
ゴラン所長は輝く目をパチクリとさせて笑った。
「ここで働くのには、何か条件とかがあるのでしょうか?」
かつて初代所長であったという頃はいざ知らず、いまの僕はただの人間だ。
しかも学生。
社会経験などない。
ここで何をするのかはわからないし、何ができるのかもわからない。
しかし、心の中では意志を固めていた。
「ここは、8柱の創造神さまに“認められた者”だけが雇われるんでやんス。」
ポランが、真剣な眼差しで僕に説明してくる。
「お願いします。ここで働かせて下さい。どうすれば、その、認めてもらえるのでしょうか?」
僕は、ゴラン所長に懇願した。
「本気かね?」
ゴラン所長は、もう一度、僕の意志を確かめるように見てくる。
僕は覚悟をもって頷いた。
目の前にあった本が全て閉じて、パタパタと羽ばたいて本棚に戻っていく。
「8柱の創造神さまにここで働くことを認められたら、“ステータス”の称号に雇われし者の表示が出るのよ。」
ミアが僕の頭の上で言った。
「そして雇われし者は、ステータスを見ることができるようになる・・・って・・。」
《ミライ》
■系統種族:ヒト系-コモン ■年齢:17 ■レベル:1
■経験値:150/2000
■HP:40/40 ■MP:0/0
■攻撃力:4 ■防御力:1 ■魔力:0
■ちから:4
■みのまもり:1
■すばやさ:2
■きようさ:5
■かしこさ:4
【スキル】なし
【ジョブ】なし
【称号】異世界免許教習所に雇われし者・見習い
プラモデルをつくりし者
あ・・・。
自分のステータスが見れた。
うん。
ものすごく弱い。
しかも、レベル1って。
ちょっとだけ、ものすごい力が授かるのかもと期待してしまった。
称号にあるプラモデルをつくりし者は、きっと僕の趣味であったプラモデルづくりのことだろう。
みんなには内緒にしていた趣味なので、ステータスに表示されるのは何とも恥ずかしい。
「あっさり、創造神さまに認められたでやんス。」
ポランが、呆気にとられた顔をしている。
「フハハハハッ。かつてのミライとは大違いの軟弱ステータスだな。」
ゴラン所長が膝を叩いて豪快に笑う。
やはり、右手で膝を叩く音がドゴン!ドゴン!と尋常ではない。
「プラモデルをつくりし者?はじめて聞いたわ。何それ??」
「うっ、うん・・何だろね。」
ミアが、僕の秘密をえぐってくる。
そりゃ、自分の部屋が一杯になるくらいはプラモデルを作ったけどさ。
「おめでとう。これでミライ、君は異世界免許教習所の見習いとなった。」
ゴラン所長は笑顔でそう言うと、左手を高らかに上げた。
すると、とても巨大な本がゴラン所長の手元に飛んでくる。
バッサバッサと羽ばたく音も豪快だ。
ゴラン所長は、これまた巨大なペンを手に取って、飛んできた巨大な本に何やら書き込んだ。
「これで良し。」
そのまま、何やら書き込んだ巨大な本のページをビリッと破る。
その破られたページは、見る見るうちに小さく縮んでいく。
そして、眩い光を放ったかと思うとパッと消えたのであった。
「あれは、所長が誰かに連絡する時に使うものでやんス。」
「あれは、“意思を持つ手紙”というのよ。」
ゴラン所長の手元にあった巨大な本は、どこか満足げな雰囲気を醸し出しながら、元にあった本棚に向かってバッサバッサと羽ばたいていった。
「ミライ。君の基本教育を大賢者コマゾーに任せることにした。」
「大賢者さまですか? ありがとうございます。」
「コマゾーに色々と教えてもらうと良い。そして、ミア、ポラン!」
ゴラン所長がミアとポランを睨む。
「はへぇ!」「はひぃ!」
二人が、ビクッとしてゴラン所長に敬礼する。
「お前たちも、もう一度コマゾーの下で教育を受け直しなさい!」
ええ~~っ。と、すごく嫌そうな顔をしたミアとポランであったが、ゴラン所長に睨まれるとすぐに姿勢を正す。
「あいあいさー!」「あいあいさー!でやんス」
「今日はゆっくり休んで、明日にでもコマゾーを訪ねなさい。」
先程の“意思を持つ手紙”は、大賢者のもとに行ったのだろう。
大賢者に教えを乞うことができるのは、きっとラッキーに違いない。
僕は胸が高鳴るのを感じた。
僕らはゴラン所長に挨拶をして、所長の部屋という名の大きな建物を出た。
外はすでに夕暮れ時となっており、夕日が湖に反射して神秘的な風景が広がっている。
大賢者コマゾーから教えを受けて、僕のこれからがスタートするのだ。
こうして僕は、せっかくなのでこの異世界免許教習所で働かせてもらうことになった。