第1章 第3話 どうやらスライムではないらしい
エレンがいた部屋を出ると長い通路が続いていた。
目の前では、妖精のミアがぷらぷらと飛び回っている。
トンボが目の前をぐるぐるしているようで、正直ちょっとウザったい。
僕は通路の壁に等間隔で取付られている窓から外の景色を覗いてみた。
“きれいな湖”と“何かの像”が見える。
湖側の壁には1箇所だけ扉が備付られているようだ。
この扉から外に出て真っ直ぐ歩けば、あの湖の近くに辿り着けるだろう。
長い通路を先に向かって、僕たちはまだ歩き続けた。
「さっき話していた“空虚の空間”というのは、あの真っ白な空間でしょうか?」
僕は、僕のすぐ横をペタペタという足音を立てて歩いているポランに聞いた。
「そうでやんス。世界と世界の狭間に存在する空間でやんス。」
「本当に何もないところだった・・・そういえばっ!」
僕は、あの空虚の空間で、目の前に真っ黒な手が出てきて引っ張られたのを思い出した。
「あの空間にいた時、急に真っ黒な手が出てきたんですよ!」
「あー。それはオイラの手でやんス。」
「んっ?」
僕は、ポランを見た。
僕のとなりを歩く丸くて少し大きなペンギンには、人の手の形となるものがあるとは思えない。
「空虚の空間に置き去りとなった君を引っ張ったんでやんス。」
僕はもう一度、ポランの手?羽?の部分を見た。
「あー。オイラのことを知らないんでやんスね。」
そう言うと、ポランは急に黒くて真ん丸な水の塊に変化した。
そして、ビシャッ!と砕けると黒い水溜りになる。
「!?」
僕は驚いて絶句した。
ポランであったその黒い水溜りは、元の丸くて少し大きなペンギンの形に姿を戻す。
不釣り合いに大きな黒ぶちメガネもちゃんとかけていた。
やはりポランだ。
「オイラは“ブラックタール”という種族でやんス。」
「ブラックタール??」
「“黒い液状生命体”だと説明すれば、理解してもらえるでやんスかね。」
そう言いながら、右手?右羽?で黒ぶちメガネを直した。
もうペンギンではないということなら、手ということで良いのだろう。
「オイラは、自分と同程度の体積のものなら、色んな形状に変化することができるでやんス。」
「じゃあ、本当の姿はさっきの水溜り?」
「本当の姿という概念は、オイラにはないんでやんス。」
黒い液状生命体ということは、ブラックタールは恐らく“スライム”みたいなものなのだろうか?
「ちなみに液状生命体といっても、スライムとは全く違うでやんス。」
僕が考えていたことを察したかのように、ポランはそれを否定した。
「スライムは“ネバネバ”だけど、オイラは“サラサラ”なんでやんス。」
そう言って、ポランはとても誇らしげな顔をする。
そこかいっ!と突っ込みたくなった僕は、腹を抱えて笑ってしまった。
「ははははっ、そこ?」
極めて重要なポイントでやんス!という顔をするポランを見て、僕は笑いが止まらない。
そんな僕らの目の前にトンボ・・・ではなく、ミアが飛んでくる。
「ちょっと!遊んでないで急いでよね!」
僕とポランは顔を見合わせると「へ~い。」と返事をして、再び歩き始めた。
その建物から外に出ると、目の前には綺麗な庭園が広がっていた。
開放感があってとても気持ち良い。
あちらこちらに西洋風の石造りを基調とした建物が見える。
異世界免許教習所というからには、きっと教室がどこかにあるのだろう。
「ここは、8つの世界の内の一つなの?」
ふと気になって、僕はポランに尋ねた。
「ここは8つの世界の中心に位置している場所で、世界ではないんでやんス。」
「じゃあ、創造神さまが創った場所ではないということかな?」
「そうでやんス。はるか昔、8柱の創造神さまからの加護を受けて、“初代の所長”がここを造ったでやんス。」
そう言って、ポランは湖の先に見える像を手で示した。
「あれが“初代所長の像”でやんス。かつては、ここも空虚の空間であったそうでやんス。」
「そうなんだ・・・。」
あの真っ白な空間から、この場所を造るには相当の苦労があったのだろう。
きっと、僕には想像もつかない労力を要したのだと思う。
少し歩いて角を曲がると、ひと際大きな建物が見えてきた。
その高さは、10階建てのマンションくらいにとても高い。
「あれが所長の部屋よ。」
その大きな建物を指で示して、ミアが身震いしながら言った。
僕は、あの大きな建物を部屋と言ったミアの言葉に違和感を感じた。
「所長は怖い人なの?」
ミアと同じように身震いしているポランに聞いてみた。
「所長はヒトではないでやんス。まあ、説明するより会った方が早いでやんス。」
そう答えるなり、ポランとミアは虚ろな表情になって黙る。
怖いのかという質問には答えないということは、とても怖い存在なのだろう。
その所長の部屋である大きな建物の前に着いた。
細部までこだわった彫刻がされた西洋風の石造りの建物である。
一つ一つの窓が巨大であり、アーチ型の扉も建物の屋根まで届く程の巨大サイズだ。
この建物の高さからは普通は考えにくいが、どうやら平屋建てのようである。
ふらふら~っと、明らかに飛ぶ姿に元気がなくなったミアは、巨大なアーチ型の扉の前で止まった。
さすがに所長がいる場所には、勝手に壁をすり抜けて入ることはしないらしい。
すると、巨大なアーチ型の扉が光り輝いた。
これに入ると、どこかに転送されるのかな?と僕は少しだけ不安を感じた。
「ただの自動扉よ。いい?入るわよ。」
ミアが覚悟を決めた顔をして、光り輝く扉に向き合いながら僕に言った。
「さっき怒られたかばかりだから、もう勘弁してほしいでやんス。」
ポランが渋々という表情を浮かべながら僕の手をとる。
そして僕らは、光り輝く扉に足を踏み入れた。