第1章 第31話 どうやら探し物であったらしい
死を纏う者は、真っ赤な弓の弦を引き絞った。
その弓にあてがう矢はない。
レイス2体が曳く馬車の中で、弦の音だけが何度も響く。
死を纏う者は、目を閉じて過去を思い出していた。
死を纏う者は、その名を“アイラ”という。
そう。
勇者シモンのパーティーにいたレンジャーである。
シモンとアイラは、人に知られぬ恋仲にあった。
その仲は、同じく勇者パーティーであったヒサシンとエレンも知らなかったはずだ。
何度も死線を繰り抜けた勇者パーティーは、壮絶な戦いの末に見事魔王を打ち取った。
ポルファス王国に凱旋した時の盛大な式典の数々が思い起こされる。
勇者シモンは、落ち着いたら一緒になろうと言ってくれた。
それを聞いたアイラは心からの幸せを感じていた。
その後、魔王という人類共通の敵が存在しなくなったことで、国同士の領地争いが勃発したことなど、アイラは知ったことではなかった。
自分は、シモンと2人でひっそりと静かに暮らしても良いと思っていた。
ある日、突然シモンは捕縛されて、国の裏切り者として王国民の前に引き摺り出された。
そして、斬首台で首を斬り落とされた。
それは“あっという間”である。
アイラは発狂した。
「“私の”シモンが!“私の”シモンが!“私の”シモンが!」
自分の幸せが一瞬にして悪夢と化した。
何が現実なのか理解できず、アイラはとにかく狂乱したのであった。
そこにヒサシンとエレンが現れる。
「逃げないとまずい!」
「私たちの装備が王国に抑えられてる!駄目だわ!このまま逃げましょう!」
アイラは茫然自失としていた。
ヒサシンとエレンに無理やり連れられて、ポルファス王国の王都を急いで後にした。
王国に装備は抑えられたが、常日頃から肌身離さず持っていた真っ赤な弓だけは、アイラの手元にあった。
何度も“暗殺部隊”が襲ってくる。
そして3人は、大量の暗殺部隊に囲まれてしまった。
その時に叫んだヒサシンの声を思い出す。
「行けっ!ここは俺が!俺が足止めするっ!」
ヒサシンは手ぶらであり、魔力を増幅させる武器となる杖がない。
大量に押し寄せた暗殺部隊は実力者集団であり、ヒサシンが1人で相手をするのは無理だと思った。
アイラは、それでも自分の身体に力が入らない。
シモンという愛する存在を失い、自分も死んだのではないかと感じていた。
その場から何とか逃げ出したものの、いつの間にかエレンとも逸れてしまった。
アイラは、ふらふらと歩き続けた。
そして、モルカット王国の王城まで辿り着いたのである。
かつて、このモルカット王国の王城を訪れたことがあった。
魔王討伐に向かう勇者パーティーとして、王と貴族たちから盛大な歓迎を受けたことがあったのだ。
アイラはモルカットの王城の門を叩いた。
喉が渇いた。
ろくな食事もしていない。
少しの間だけ、モルカット王国に匿ってもらおうと考えたのである。
しかし、それはすぐに絶望へと変わった。
アイラは捕縛されると、モルカット王の前に引き摺り出された。
モルカット王は、アイラが大切にする真っ赤な弓を奪い取った。
それを手に持って眺める。
そして、それを“愛おしそう”にしながら舐めた。
「ホッホッホッ。これが、かの魔王を打ち抜いたという“奇跡の弓”か。」
「国王様、こやつは元勇者パーティーであるからには、まだどこかにお宝を隠しているやもしれませんぞ。」
「ホッホッ。そうじゃの。地下牢に繋いで、その在処を吐かせるが良いぞ。」
そうして、腐臭が漂う地下牢の“一番奥”に、アイラは繋がれた。
そこからは、毎日が拷問である。
しまいには、牢番や拷問官に“侮辱”される日々が続く。
アイラは死ぬことさえ許されなかった。
最低限の回復をかけられ、そしてまた拷問と侮辱される日々が続く。
それは、途方もない年月をかけて繰り返されていた。
ある日、暇そうにする拷問官たちの会話がこぼれ聞こえてきた。
ヤークションでヒサシンが捕らえられ、処刑されて共同墓地に埋葬されたという話だった。
アイラには、すでに何も考える気力がなかった。
そして、そのままアイラの存在は忘れ去られてしまう。
水も食事も与えられず、鉄の錠で壁に繋がれた状態のまま、ずっと放置され続けた。
ほとんど自我を失っていたアイラであったが、心の底に強い復讐心だけは残っていた。
自分は、愛するシモンと幸せになるはずであった。
その幸せは誰に奪われたのか。
愛するシモンの命を奪ったポルファスを許すまじ。
大切にしていた弓を奪ったモルカットを許すまじ。
侮辱の数々を重ねた人間を許すまじ。
その深い憎悪を心に抱いて、アイラは静かに息絶えたのであった。
そしてアイラは、気付いた時には“何もない空間”に立っていた。
右も左も、上も下も何もない真っ白である。
ふとアイラは気づいた。
「記憶が持っていかれている・・・。」
アイラは焦った。
この場所にいると記憶が無くなっていくようだ。
自分の復讐心すら、少し薄らぎそうになる感覚がする。
しかし、アイラは高レベルの“レンジャー”であり、そのスキルには“記録”というものがある。
アイラは自分の意識と記憶、そして復讐心を“記録”した。
そして、それから長い間、空虚の空間をさ迷い続けたのであった。
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《ポルファス王国 南部に向かう援軍》
その頃。
ポルファス王国南部に向かう援軍は、大きく二つに分かれて行軍していた。
前を行くのは、シーラオスと一部の貴族が率いる私兵騎士1万。
後ろを行くのは、王国騎士軍団副長のゴダイ率いる王国騎士2万と魔導士100、それと補給支援部隊である。
その前後の間は、かなりの距離が離れていた。
シーラオスが乗った豪華な馬車の中では、貴族たちがすでに酒に酔った状態である。
「いかんの。どうも“もよおして”きたわい。」
「閣下。実は、私も先程からずっと我慢をしておりまして。」
「実は、私もでございます。」
「私も。」
貴族たちの下品な笑い声が響く。
シーラオスは、私兵騎士1万の進軍を止めるように指示を出した。
貴族たちが“そそくさ”と野原の影に散らばる。
その上空には、2人の影があった。
「すまんな。助かった。」
「私が手を貸してもよいが、これはお主の仕事だ。どうする?」
「この場所に連れてきてくれただけで御の字だ。あとは俺1人でやる。」
「しかし、お主のレベルでは、かなり危険だぞ?」
「それでも俺がやらなければならない。」
そう言うと、その影の1人は腰のポシェットから“何か”を取り出した。
その“何か”は勾玉に似たような形をしている。
その影は、ミックと大賢者コマゾーの弟子コマゾであった。
「やはりな。共鳴が強くなった。」
「それは、師が持つ“尋ね物を知る石”だな?」
「あぁ。借りた。」
「あそこには、数人だが強力な気配がする。中々の手練れだぞ。」
「あぁ。だが、間違いなく“奴”が持っているようだ。俺は行く。」
2人の影は、眼下に広がる大軍を見下ろした。
「お主が希望するからには、私が手を貸すのは控えることにしよう。」
「あぁ。悪いな。」
「かといって、この大軍の中にお主1人を置いていくのは気が引ける。」
「気にするな。」
「ハハハッ。まあそう言うな。せめて陽動くらいの手助けは良いだろう?」
「ありがたく、そのお節介を頂戴するよ。」
「成功を祈る。」
「あぁ。」
コマゾは、その手に持つ杖を掲げると、大きな火の塊を作りだした。
それを眼下に広がる大軍から、少し外れた場所に落とす。
ドゴオォォォォーン!!
その火の塊は、轟音とともに地面に炸裂した。
草陰で用を足していたシーラオスは、急に近くで爆音が起きたことに驚愕した。
「なっ!何ごとかっ!?」
慌ててズボンを履き直すシーラオスの下に、私兵騎士が駆け寄ってくる。
「閣下!急ぎ馬車へ避難を!」
「シーラオス侯爵閣下を馬車へっ!」
急に近くで起きた爆発に私兵騎士たちは動揺していた。
貴族たちは狼狽えており、それぞれが自分専用の馬車に慌てて千鳥足で戻る。
ドゴオォォォォーン!!
先程とは別の場所で、再び大きな火の塊が爆ぜた。
シーラオスは酒に酔った千鳥足で、自分の馬車に何とか戻ろうと走る。
「攻めろ!攻めろ!全軍突撃しろっ!」
シーラオスが発狂した声で喚く。
状況確認すら行わないまま、私兵騎士隊5千に全軍突撃を命じたのである。
自分の馬車に戻ってきたシーラオスであったが、馬車の前には見知らぬ男が立っていた。
「それを返してもらおうか。」
その男は、冷ややかな目をシーラオスに向けて言った。
「貴様! 誰だ!? 何を言っておる!」
そう言いながらも、シーラオスには心当たりがある。
こっそり懐に手を忍ばせると、その“物”があることを確認した。
「お前を殺してでも返してもらうぞ。」
男が冷酷な声で脅す。
シーラオスは横目で辺りを見回した。
そして、安堵する。
シーラオス侯爵家は、代々昔から暗殺部隊を抱えている。
かつての勇者パーティーすら、死に追い詰めた程の実力を持つ部隊だ。
今回の行軍には、その中から腕利きの3人を同行させており、いまもすぐそばに潜んでいる。
「やれっ!殺せ!」
シーラオスは命令を下した。
それを受けた暗殺部隊が即座に行動に移す。
そして、暗殺部隊と“ミック”の戦闘が始まったのであった。




