第1章 第2話 どうやら異世界は一つではないらしい
「異世界、免許、教習所ですか??」
全く思ってもいなかった返答に僕は頭を傾げた。
ここが自分がいた世界ではないということは、何となくだが感じていた。
しかし、“異世界免許教習所”というワードには聞き覚えすらない。
「そうよ。異世界免許教習所よ。」
妖精のミアは、さも当然という顔をしている。
「通称で“ココカラ”と呼ぶでやんス。」
「は・・・はぁ。」
「世界というのは8つあるんでやんス。」
ポランと名乗ったペンギンは、困惑している僕を見かねて、右手?右羽?で巨大な黒ぶちメガネを直しながら説明をはじめた。
「世界は創造神さまが創ったものでやんス。創造神さまが8柱おられるから世界は8つあるんでやんス。それを総じて“8つの世界”と呼ぶでやんス。」
世界が1つではないという説明に僕は驚きを隠せなかった。
「では、僕がいた世界は、その8つの世界の内の1つということでしょうか?」
僕は半ば理解できていないまま聞いてみた。
「そうよ。」
またもミアは、さも当然という顔をしている。
「8つの世界は、それぞれが独自の文化を形成しているでやんス。」
ポランは大きな紙を取って、右手?右羽?で器用にペンを持って図を描いた。
絵はかなりのヘタクソだ。
「そして、それぞれの世界には、創造神さまが定めたルールがあるんでやんス。」
「その世界ごとに違うルールを転生者に教えるのが、この異世界免許教習所よっ!」
ミアはポランの描いた図の中心を指で示して、ドヤ顔をしている。
しかし、まだ僕は理解できていない。
「異世界というと、魔法と剣のファンタジー世界のことだと思っていました。」
「そういう世界も存在するでやんス。それは“魔素の世界”と呼ばれているでやんス。」
ポランは、ウンウンと頷きながら答えると、グチャグチャに描いたようにしか見えない図の一箇所に丸をつけた。
「それでは、僕がいた世界は“科学の世界”とかでしょうか?」
ポランは首を横に振りながら答えた。
「科学の世界は、君がいた世界とは別にあるでやんス。」
ポランがここだ!とペンで図を示すが、やっぱり絵がグチャグチャでよく分からない。
「あんたのいた世界はね。りょ・う・い・ん、“料飲の世界”というのよ。」
ミアが目を輝かせながら答えた。
「8つの世界の中でも、あんなにも美味しい料理や飲み物が沢山ある世界は、他に存在しないわ!」
ミアは、自分が好きな料理でも思い浮かべているのであろう。
何だか恍惚な表情を浮かべている。
たしかに和食、中華、洋食をはじめ、美味しい料理は数えきれないほどある。
飲み物もしかりだ。
きっと異世界では、美味しい料理や飲み物の種類が多くないのであろう。
「それでは・・・」
僕が言いかけると、ハイ・エルフのエレンが優しくそれを制した。
「はい、そこまでね。まずは君のことが先よ。」
絶世の美女にまたも顔を近づけられて、僕はまたまた少しうろたえてしまう。
「自分の名前のほかで、何か思い出せないことはある?」
「・・・・・・・。」
自分の名前は・・・やはり出て来ない。
家族は・・・顔と名前が浮かんでこない。
友達は・・・やはり顔や名前が浮かばない。
どうやら、自分と自分のまわりにいたはずの人の記憶がないようだ。
僕はちょっと沈み込む気持ちになってきた。
「無理に“空虚の空間”に入ったから、いくつかの記憶が溶けてしまったようね。」
エレンが心配そうに僕を見てくる。
「ミアのせいでやんス。」
ポランがミアを睨んだ。
「ほらっ!そうだ!あれっ、あれよ。所長に連れてこいって言われてたんじゃん!」
ミアは慌てふためきながら、急に思い出したかのように言った。
「無理をさせないようにね。」
エレンがミアに釘をさす。
「オーケー!オーケー!さぁっ行くわよっ!」
ミアは僕を急かすと、部屋の壁にスッと溶け入るかのようにして消えた。
「いまから所長のところに連れて行くので、オイラ達についてくるでやんス。」
ポランはそういうと、両手?両羽?でキノコに座っていた僕の手をとって起こしてくれた。
最高級のベッドであった薄緑色のキノコは、僕が立ち上がると同時に白色に変化している。
「それは、ヒーリングキノコでやんス。寝ながら回復してくれる優れモノでやんス。」
寝心地の良さだけでなく、寝るだけで回復までしてくれるなんて。
自分の家にもこんなベッドが欲しいなと思っている僕を見て、エレンは微笑みながら手を振って見送ってくれた。
やっぱり、エレンからはとても良い花の香りがする。
僕は、鼻を膨らませながら部屋を出た。