第1章 第1話 どうやらここは異世界免許教習所というらしい
とても良い花の香りがする。
身体が沈み込むような、包まれているような、とても気持ちの良い感触の中にいる。
このまま目を覚ますのはもったいない気分だ。
「う~ん。」
僕は全身の疲れをとるかのように大きく伸びをして、うっすらと目を開けた。
「ふふっ、お目覚めかしら?」
横たわる僕のとなりには、椅子に座った白衣の女性がいた。
金髪の美しく長い髪と透き通るような白い肌、見とれてしまうほどのきれいな目鼻立ちに特徴的な長く先がとがった耳。
「エルフ・・・?」
脳裏にそう浮かんで、僕はつい口に出してしまった。
「そう。正確には“ハイ・エルフ”だけどね。」
ほほ笑む彼女からは、とても良い花の香りが漂ってくる。
「ここは・・・?」
さっきまでの不思議な現象が、いまもまだ続いている状況を何となく悟った僕は、上半身を起こしてみて驚いた。
「キノコ??」
自分が最上級のベッドに横たわっていると感じていたそれは、巨大な薄緑色したキノコであった。
「ふふっ。君が気絶しちゃっていたから、ここで休ませていたのよ。」
そう言って、僕の容態を確認するかのように顔を近づけてくる。
僕は、絶世の美女に顔を近づけられたことに動揺して、恥ずかしさを隠し切れなかった。
戸惑いながらあたりを見渡すと、部屋は石のような素材で作られており、木棚には様々な色の液体が入った瓶が並んでいるのが見えた。
開放感のある大きな窓の外には、“きれいな湖”とその先に“何かの像”らしきものが見える。
「ここは、異世界でしょうか?」
「ん~。正解と言えなくもないかな。ちょっと説明が難しいかもね。」
ハイ・エルフはそう言って、ポットから湯気の立つ飲み物をカップに注いでくれた。
「ありがとうございます。」
とても爽やかな甘みのある飲み物に口をつけて、僕は少しだけ気分が落ち着いた。
「ふふっ、ちょっと待ってね。もうすぐ来るから。」
ハイ・エルフが部屋の扉の方を向いた。
少しの間があって、部屋の外から急ぎ足のペタッペタッペタッという不思議な足音が聞こえてくる。
ハイ・エルフは、この足音が聞こえる前からこちらに誰かが向かってきていることに気付いていたようだった。
人間よりもハイ・エルフは耳が良いのであろうか?
「エレン!おっまたせ~っ!!」
急に壁の中から淡い光が飛び出て来た。
いや、壁をすり抜けてきたという表現が正しいのだろう。
「あっ!起きてるっ!」
驚きと喜びが混じったような声を出した淡い光は、くるくると円を描いて飛んでいる。
「エレン、入るでやんスよ。」
部屋の扉をノックする音と同時に男性の声が聞こえた。
「どうぞ」
ハイ・エルフは、扉に向かって微笑みながら声を返す。
「ミア、オイラより先に入ったらノックの意味がないでやんス。」
部屋に入ってきたのは、顔の大きさに不釣り合いなほど大きな黒ぶちメガネをかけたペンギンだ。
しかし、僕が水族館で見たことのあるペンギンよりは丸くて大きい。
お腹の白色であるはずの部分は灰色をしている。
「ふふっ、所長には怒られた?」
エレンと呼ばれたハイ・エルフは、淡い光を手のひらにのせて語りかけた。
「それはもうっ!ペシャンコにされるかと思うくらいよ!」
淡い光を放つそれは、徐々に姿が見えてきた。
ゲームやマンガで、これまでによく見たことがある“妖精”だ。
「私はミア。もうっ!あんたのせいで大変なんだから!」
そういって、小さな妖精は僕の目の前に飛んでくるなり、手を腰にあてて胸を張った格好で睨んできた。
「オイラはポラン。どうやら元気そうで良かったでやんス。」
丸くて少し大きなペンギンは、手?羽?を広げてパタパタしている。
「ど、どうも・・・僕は・・・・・あれ?」
僕は血の気が一気に引くのを感じた。
名前が、自分の名前が全く出て来ない・・・。
「すいません、自分の名前がわからない・・・です。」
「・・・え、・・まじ?・・。」
妖精のミアは、右手を顔にあてて天を仰いだ。
自分の名前が出て来ないことに焦った僕は、いまの状況をとにもかくにも整理したくて質問した。
「ここは、どこでしょうか?」
青ざめた顔をした僕に対して、心配と呆れが混じった声で妖精のミアが言った。
「ここは、“異世界免許教習所”よ。」