第1章 第17話 どうやら偶然が幾重にも重なったらしい
コマゾーは声の主に手招きすると、その声の主を僕らに紹介した。
「紹介するにゃ。仮免堕ちのゼフェルだにゃ。」
「えっ!?」
「ヘッ!?」
「エッ!?」
僕らは、仮免堕ちと聞いて絶句した。
見た目は、普通の人間と大差はない。
若干のあどけなさが残っていることから、性別はどちらとも取れるように見える。
恐らく、僕よりも若いのではないだろうか。
その目は、青と緑で瞳の色が異なる“オッドアイ”であり、少し長めの後ろで括っている髪の毛は、黒色と灰色が斑になっている。
「どうも。ゼフェルです。」
「あ、はい。ミライです。」
「ポランでやんス。」
「・・・ミアよ。」
ミアは、ゼフェルが仮免堕ちであると聞いて、明らかに警戒している様子だ。
僕は、この居ても立っても居られない状況に我慢できず、大賢者コマゾーに質問した。
「あの。仮免堕ちとは、どういうことでしょうか?」
「ふむ。ゼフェルはちと“特殊なパターン”の仮免堕ちだにゃ。」
コマゾーの説明によるとこうだ。
世界樹になる実から生命が誕生する系統種族は、基本的に精霊だけである。
しかし、8つの世界の内、“精霊の世界”だけは特殊であり、全ての生命は“世界樹になる実”から生まれてくるそうだ。
因みに世界樹は、8つの世界のそれぞれに存在するらしい。
その精霊の世界の世界樹は、遥か上空に浮かぶ天空の島にそびえ立っている。
そして、世界樹になる実が熟すと、それが地上に落ちてきて生命が誕生するのだそうだ。
今から15年前のこと、引率教官に連れられた仮免許を取得した受講者たちは、精霊の世界に一時体験で来ていた。
その受講者の中には、後にゼフェルとなる霊体もいた。
そこに何らかしらの原因により、まだ熟していない実が世界樹より落ちてくる。
それが、偶然にも後にゼフェルとなる霊体の上に落ちてきたことで、意図せずに憑依してしまったらしい。
その偶然に驚いた引率教官は、すぐに引率していた受講者全員を集めると、“憑依してしまった未熟な実”を抱きかかえて、帰還の印綬を使って引き返した。
正式な転生免許を取得した転生者であれば、実が熟して地上に落ちることで生命が誕生する。
この憑依してしまった未熟な実は、まだ実の状態のままで生命の誕生には至っていない。
そして、仮免堕ちとなっているのだ。
その報告を受けて、所長室に集まった異世界免許教習所の幹部たちは、この偶然が幾重にも重なった出来事にどうしたものかと頭を抱えた。
その幹部たちの目の前で、この憑依してしまった未熟な実から生命が誕生したのである。
それが、いまのゼフェルであった。
誕生したばかりのゼフェルは、通常の仮免堕ちのような狂暴性はなかったものの、自我がなくて人形のような状態だったらしい。
それで、処分するかどうかの議論をしていたところ、コマゾーがそれに待ったをかけたということであった。
ゼフェルは、異世界免許教習所内にある“研究室”の管理下で育てられることとなる。
その時に“ゼフェル”の名前が付けられたらしい。
「そして、自我を持ちはじめたのはここ数年のことだにゃ。」
コマゾーは右足で耳元を掻いた。
「ということで、ミライはこのゼフェルと組手してみるにゃ。」
「えっ!?」
僕はすっかり気を抜いてしまっていた。
やっぱり、そうなるのね・・・。
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その頃。
- 魔素の世界 -
ウォルス、ジーニャ、エレンの3人は、モルカット王国の王都に入った。
「こりゃ、MAPに地名が表示されなくなったのも納得じゃわい。」
モルカット王国はすでに滅亡していた。
降りしきる大雨の中、辺りには血生臭い空気が漂っており、至る所に亡骸が転がっている。
「酷いありさまね。」
エレンは目を覆いたくなった。
エレンは、かつて勇者パーティーであった頃、一度このモルカット王国の王都を訪れたことがある。
勇者パーティーは、魔王討伐に向かう旅路の途中でこの国に立ち寄り、王と貴族たちに城に招かれて、盛大な歓迎を受けたことがあったのだ。
しかし、その時に目にした、この国の民たちには笑顔が見られなかった。
悪政に苦しんでいたのである。
その民の表情を見た勇者シモンが、苦悶していたことを覚えている。
「これは、どうやらオリオンの仕業・・・のようさね。」
ジーニャが呟いた。
雨に濡れて滑る足元に気を付けながら、その凄惨な景色の中を3人は歩く。
「それにしても・・・酷い・・・。」
エレンは、心が痛んで胸を押さえた。
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一方、その頃。
オルタスと供回りの騎士たちは、ワクニ村に向かって急ぎ馬を駆けていた。
大粒の雨にもかかわらず、立ち上る煙の数は増えているように見える。
近づくにつれて、悲鳴が僅かに聞こえてきた。
「あれは・・・盗賊か?」
まさに今、村娘に手をかけようとする男の姿が見えた。
「賊を討伐するぞっ!!」
賊の数はかなり多い。
しかし、賊であれば何人いようが王国騎士の相手ではない。
それだけ、王国騎士は日々鍛錬を積んでいるのだ。
オルタスは馬で駆けたまま、村娘に襲い掛かった賊をすれ違いざまに切り捨てた。
供回りの王国騎士たちも賊に対して剣を振り下ろす。
しかし、すぐに全員がその違和感に気付いたのであった。
そして戸惑う。
「オルタス軍団長、これは・・・。」
村人を襲っているのは、死人となった村人のようである。
「・・・くっ! とにかく、襲われている者を助けるのだっ!」
「はっ!」
オルタスと供回りの騎士たちは、生き残っている村人を安全な場所に誘導していった。
そして、死人となった村人を切り捨てる。
しかし、新たな死人が次々と立ち上がり、その手に凶器を持って襲ってくるのであった。
「キリがない・・・。」
オルタスは馬から降りた。
重傷を負った村人に回復薬を渡すと、自分たちの後方へと避難させる。
手持ちの回復薬はあまり数がない。
傷ついた村人全員を癒すには、回復薬の数はあまりにも足りなかった。
激しく剣が交錯する音が聞こえてくる。
供回りの若き騎士が、全身に甲冑を纏った賊と対敵していたのであった。
しかし、明らかに若き騎士に分が悪い。
「ルースっ!!」
オルタスは若き騎士の助太刀に向かった・・・が、間に合わない。
若き騎士は賊の刃の前に崩れ落ちた。
「きさまっ!!」
オルタスは、若き騎士ルースを手にかけた賊を睨んだ。
そして気付く。
その姿には見覚えがあった。
その顔はすでに生者のものではない。
しかし、賊がその全身に纏っている甲冑を見る限り間違いない。
モルカット王国の騎士兵団長“モルス”だ。
「まさかっ!? 死人使いがいるのか!?」
オルタスは、すぐさま周りの状況を確認した。
敵の不気味さと数の多さにより、供回りの騎士たちは徐々に苦戦の色が濃くなっている。
「これは・・・時間を掛けている場合ではないな。」
オルタスは、自身に“筋力強化”のスキルを使用した。
そして、剣を鞘にしまうと、背中に担いでいた大剣を抜いて両手に持つ。
その大剣は、僅かに七色の光を放った。
村の中が死人で溢れかえる中、雨はますますその勢いを増していくのであった。