第1章 第11話 どうやらちょっとのお色気らしい
もはや、これまで。
そういった状況だった。
ミックが助けに来てくれていなかったらと思うと・・・。
しかし、いまは何も考えまい。
いまの僕にできることは、ミアとポランを一刻も早く救護室に運ぶことだ。
僕はひたすら走った。
どのくらい走ったのだろう。
すでに息は切れている。
それでも僕は、歯を食いしばって走り続けた。
あの建物には見覚えがある。
あの建物を入って長い通路を進めば、その先に救護室があるはずだ。
「はあ、はあ、はあ、見えた。」
僕が見ているMAPに救護室が表示された。
まだMAPに慣れていないから、酔いが酷くて気持ち悪い。
それでも、あそこに希望があると思えば走ることができる。
しかし、エレンがいることを示すはずの青い印は、そこには表示されていない。
確かミックは、救護室の地下に部屋があると言っていた。
建物の地下は、MAPに示されないものだということを願うしかない。
僕はノックもせずに救護室の扉を開けた。
そして、すぐにヒーリングキノコにポランとミアを寝かせる。
ヒーリングキノコが白色から淡い薄緑色に変化した。
「はあ、はあ、はあ。」
僕は息を整えることを気にもせず、地下への入り口を探す。
たぶん、これだ。
僕は部屋の一角にある魔法陣の上に立った。
すると、目の前の壁が横に開き、地下へと続く階段が現れる。
僕はその階段を駆け下りた。
階段といっても木の根っこが重なり合って段になっているものであり、
決して足場が良いと言えるものではない。
そこを急いで駆け下りたことで躓いたが、下から伸びてきた木の根っこが転倒しそうになった僕の身体を支えてくれた。
扉を雑にノックして、すぐさま中に入った。
「エレンさん!いますかっ!?・・・って、え。」
エレンは風呂上りであった。
頭と身体にバスタオルだけを巻いた姿で、椅子に座って寛いでいた。
「ふふっ。どうしたの?そんなに慌てて。」
僕はすぐにエレンから目をそらすと、ポランとミアの容態を簡潔に説明した。
僕の説明を聞いたエレンは、バスタオルを巻いた姿のまま扉を飛び出した。
そして、一気に階段を駆け上がっていく。
それはとても素早い動きで、あっという間であった。
僕は呆気にとられていたが、我を取り戻すと後を追いかける。
階段には、すでにエレンの姿はない。
僕がやっとの思いで階段を上がると、エレンは処置を済ませていたようだった。
「ふふっ。もう安心よ。」
「よかった~。」
僕はその場にへたり込んだ。
「かなり毒にやられていたわね。毒の浸蝕が止まっていたから良かったけど。」
エレンはそう言うと、ポットから湯気のたつ飲み物をカップに注いで、僕に手渡してくれた。
「それで、何があったの?」
「それが、仮免堕ちとかいうのに大量に襲われまして。」
「仮免堕ちが? 大量に?」
「それで、もうダメだと思ったところで、ミックさんが助けに来てくれたんです。」
僕は事情を説明しながら、ミックが戦っていることを思い出した。
「そうだ!ミックさんが、まだ戦ってて!」
「ん~。大丈夫。もう戦闘は終わっているみたいね。」
エレンは、恐らくMAPを見ながら確認しているのであろう。
「所長の部屋に向かって誰かが歩いているから、ミックが報告に行っているのだと思うわ。」
どうやらエレンは、かなり広範囲のMAPが見れるようだ。
「あの、赤い点は!赤い点はもうありませんか!?」
「もう見当たらないわね。ミックが全部倒したみたいね。」
「良かったぁ~。」
僕は、安心すると同時に全身の疲れがどっと吹き出てきたのを感じた。
ふと、とても良い花の香りを意識してしまう。
エレンの素敵な香りだ。
僕は自然と鼻を膨らませてしまう。
そういえば、エレンがバスタオルを巻いた姿であったことを思い出した。
僕はそれを見て、急に顔が赤くなってしまう。
「ふふっ。ちょっと着替えてくるわね。」
そう言うと、エレンはウインクをして下に降りていった。
良かった。
僕は、僕たちは助かった。
これまで喧嘩すらしたことのない僕が、あのスケルトンやゾンビと戦った。
棒きれが折れてしまった時。
ポランが僕の後ろで倒れてしまった時。
もうこれまでかと覚悟した時。
あの時の絶望感が思い起こされる。
ミックの助けがあと僅かでも遅ければ、間違いなく終わっていたはずだ。
ヒーリングキノコに横たわって寝ている2人は、さっきと比べて明らかに顔色が良くなっている。
僕は安堵して椅子に腰をかけた。
ふぅ。
爽やかな甘みのある飲み物が、とても美味しい。
「おまたせしちゃったわね。」
水色の羽衣のような格好に着替えたエレンが戻ってきた。
「本当に助かりました。ありがとうございます。」
僕は椅子から立ち上がって、エレンに御礼を言った。
「ふふっ。みんな無事で良かったわね。」
エレンは微笑みながら僕の前の椅子に腰をかけて、僕にも座るように促す。
それにしても、瞬時に2人を完全回復してくれるとは凄い。
恐らく、レベルが相当高いのだろう。
僕は改めてエレンのステータスを見てみた。
《エレン》
■系統種族:ヒト系-ハイ・エルフ ■年齢:220 ■レベル:40
■経験値:152050/166000
■HP:450/450 ■MP:1950/2000
■攻撃力:20 ■防御力:30 ■魔力:1200
■ちから:20
■みのまもり:30
■すばやさ:30
■きようさ:30
■かしこさ:100
【スキル】植物鑑定
回復・範囲回復
持続回復・範囲持続回復
状態異常回復・範囲状態異常回復
状態欠損蘇生・範囲状態欠損蘇生
魔力向上・範囲魔力向上
守備力向上・範囲守備力向上
耐性向上・範囲耐性向上
マジックガード・範囲マジックガード
回復薬調合
状態異常回復薬調合
麻痺耐性
毒耐性
幻惑耐性
魅了耐性
混乱耐性
眠り耐性
【ジョブ】ヒーラー
【称号】異世界免許教習所に雇われし者・上席救護役
万人を救いし者
世界樹の声を聞く者
んなっ!!ん何ですと~っ!!
僕は顎がはずれるかと思った。
エレンのステータスは桁外れに高い。
「あら?ステータスが見れるの?」
「は、ふぁい。」
僕は唖然としていたことで、変な声で返事をしてしまった。
「私の年齢に驚いた?」
「いいえ。そこじゃ・・・ないです。」
エルフが長寿であることは、僕の異世界知識では定番だから驚きはしない。
どうやらエレンは、僕のステータスを見ているようだ。
「ふふっ。君もお仲間になったのね。」
「はい。所長にミライという名前もつけてもらいました。」
「ミライ君ね。そのミライ君もだいぶ無理したのね。HPが減っているわ。」
そう言って、エレンは僕に回復魔法をかけてくれた。
瞬時に身体が軽くなる。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
「それで、あの。何でエレンさんはそんなにステータスが高いのですか?」
「んー。昔ね、私は“魔素の世界”にいたの。」
「魔法と剣のファンタジー世界ですね。」
「そうね。その時、私は勇者パーティーの一員だったのよ。」
そう言うと、エレンは寂しげに微笑んで立ち上がり、ミアとポランの様子を見た。
「さて、この2人は朝までここで休ませておきましょう。君も今日は休んだほうが良いわ。」
「実は・・・あの。自分の部屋があるとは聞いたのですが、どこにあるか知らなくて・・・。」
「あら。それじゃあ、また仮免堕ちに襲われてもいけないし、そこまで案内してあげるわね。」
僕はミアとポランにお休みと言って、エレンに導かれて救護室を後にする。
僕のMAPの設定地には“救護室”が追加されていた。