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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

外れスキル3重苦~いいぞぉ! もっと鍛えるチャンスだ! えっ!? 外れスキルばっかりだから追放する!? 待ってくれ! 鍛錬器具が買えなくなるのは困る! 俺もっと鍛えるから!~

「ボイド。お前をリグレット公爵家から追放する。

 以後、リグレットを名乗ることは許さん。出ていけ。」


 オナー・リグレット公爵。この国の将軍でもある父上から告げられた内容に、俺は驚きを隠せない。


「ちょっ……!? マジっすか、父上!? どうして!?」

「分からないのか?」


 父上は、じろーり、と俺をにらむ。

 いや、まあ、見当は付きますよ?


「今日は俺の誕生日で、15歳になったから教会で祝福を受けて、それで神様からスキルをもらったけど【足手まとい:重力増幅】だったからですか? こんなスキルじゃ、動きが鈍りますもんね。でも大丈夫です! これから鍛えますから! むしろ鍛える用のスキルをもらえたってことで! ね?

 それとも、生まれ持ったスキルが【無能:ステータス低下】だからですか? すでにステータスが99%減の状態ですが、大丈夫です! 鍛えてきましたから! ほら、ステータス99%減で普通に動けるって、すごくないっすか!? ねぇ!?

 それに、鍛えまくって新しいスキルも覚えましたし! ねっ!」


 鍛えるにも金がかかる。

 質のいい食事は効率的に強い肉体を作るし、より強い負荷をかけて鍛えるためには重りを仕込んだ鍛錬用のアイテムなんかも必要だ。何より、この家には騎士団やら将軍(ちちうえ)やら、強い人が大勢いて戦う相手に困らない。

 だから俺は、この家を追い出されるのは嫌だ!


「その鍛えまくって覚えたスキルが【外れ:悪い効果が全て外れるが、5分後に1割増しで戻る】じゃないか!

 5分しか本気を出せない上に、そのあとさらに動きが鈍るんじゃ使い物にならんだろ! 『ねっ!』じゃねーぞ、このバカ息子が!」

「いや、しかし、そこは、ほら、秘密兵器? とか奥の手? みたいな? 扱いで! ねっ!?

 【外れ】を使わなくても戦えるように、もっと鍛えますし! なんなら【外れ】を使ったほうが負荷が強くなって、もっと鍛えられますよ! ねっ!?」


 必死にアピールしていると、後ろから笑い声が聞こえて来た。


「見苦しいぞ。あきらめろ、ボイド。

 父上は将軍で、大勢の部下を率いて戦う立場だ。その息子が、鍛えることに熱心なのはいいとして、鍛えても成果が出ないスキルばっかり3つも持ってるんだから、さすがに使い物にならん。」


 フェイム・リグレット。兄上だ。


「兄上! しかし……!」

「黙れ!

 父上が今日までお前を育ててきたのは、もしかしたら15歳の誕生日にまともなスキルを授かるかもしれないと、わずかな期待を持っていたからだ。

 常勝無敗で軍神に愛されていると言われる父上だから、息子のお前にもその恩恵があるかもしれない、と……信仰心ゆえに父上は今までお前の追放を保留してくださっていたのだ。

 だが、その望みは絶たれた! これ以上父上の顔に泥を塗る前に、もう出ていけ、ボイド!」


 俺は鍛えることに熱心だ。

 訓練バカ、鍛錬中毒、そんなふうに言われることもある。なんせ訓練の量だけは騎士団や父上よりも、何倍も多いからだ。騎士たちの訓練に混ざり、何度も何度も対戦してもらって、最近では騎士たちに出会うと「ちょっと今日は若様のお相手を務める時間は取れませんので」とか、嫌そうな顔して言われて、そそくさと立ち去られてしまうけども!

 それでも鍛えて鍛えて鍛えまくって、今ではステータス99%減でも騎士たちと何とか戦える程度になっている。……いつも負けるけど。あと、今日から【足手まとい:重力増幅】が加わって、さらに動きが鈍るけど。

 でもでも、だって! と言わせてくれ。


「俺まだ15歳だよ!? 成長期の途中じゃん! 20歳ぐらいまでは何もしなくても強くなる時期なのに!」

「それ以上に弱体化するスキルじゃねーか。」


 月曜日の朝にゴミ集積所へ出されるゴミ袋みたいに、片手でぽーい! と父上に屋敷から放り出されてしまった。

 いや、父上は公爵だから、ゴミ出しなんかメイドの仕事だけどね。


「はぁ~……どうしよう……。」


 この先どうやって鍛えようか。

 公爵家から追い出された以上、食事の質は下がるし、鍛錬器具も買ってもらえなくなるし――ん? いや、質が下がるどころか、食事のアテがないんじゃない?


「やっべ! 無一文で放り出された! ちょっ! 父上ぇー! せめて小遣いでもらったお金ぐらい持たせてくださいよー!」

「やかましい! 追放したらもう我が家とは関係ない! 他人に小遣いなどやらん!」

「違いますって! 今までにもらったのが、まだ残ってますから! 追放前は家族でしょ!? ねっ!?」

「ぐぬぬぬ……! そこで待ってろ! 敷地には1歩も入るなよ!」


 父上は面倒くさそうに俺の財布を持ってきてくれた。わーい!

 とりあえず、この金を増やそう。今のままでは、メシ代と宿代だけで1週間ももたない。

 だが、ちょうど鍛えながらお金まで貰える夢のような仕事を思い出した! 冒険者になろう!





「登録ですね。それでは、こちらのプレートに血液をお願いします。」

「分かりました。」


 ズバッ! ブシャアアア!


「きゃあああ!? 何やってるんですかぁ!?」

「え? 血液を……。」

「1滴! 1滴だけでいいんですぅぅぅ!」

「あ、マジっすか。《ヒール》!」


 傷跡も残さずに治りました。

 でも受付カウンターが血まみれです。

 こってり説教されました、まる。


「では、こちらが冒険者証です。

 身分証にもなりますから、首にかけておいてください。」


 まったくもう! と言わんばかりの顔で、受付嬢が鎖付きのプレートをくれた。

 その金属プレートは、俺の血を浴びて、俺の名前が浮かび上がっている。《鑑定・名前》とかの魔法がかかったアイテムなのだろう。

 周りを見ると、プレートには数種類の色違いがあるようだ。続けて受けた説明によると、冒険者ランクが上がるとプレートの素材が変わって、色違いになるらしい。ランクが高いほど強い魔物を相手にする仕事をするため、より強い攻撃に耐えられる頑丈な素材で作るのだそうだ。

 一通りの説明を受け終わって、さっそく依頼を選ぶために掲示板へ向かう。無数の依頼書が貼り出されている。

 と、そこへ数人の冒険者がやってきた。


「よう、あんちゃん。《ヒール》が使えるんなら、うちのパーティーに入らないか?」

「いえ、僧侶ではなく戦士なので遠慮しておきます。」


 怪我してもすぐ治して訓練を続けられるように、《ヒール》だけは真っ先に覚えたのだ。しかし防御力も鍛えるので、あまり大きな怪我はしない。だから回復量の小さい《ヒール》で事足りるし、それ以上は覚えていない。《ハイヒール》とか《キュア》とかを期待されても、俺には使えないのだ。


「大丈夫、大丈夫。

 むしろ《ヒール》が使えるのに自分でも戦えるとか、優秀じゃん。」

「いえいえ、ヒーラーとして期待されてはご迷惑になりますので。」


 と、そこで背後から俺の腰のポーチへのびてきた手を掴み、少しばかり力を込める。


「いててて! くそっ! 何しやがる!」

「何しやがるはこっちのセリフっすよ。俺のポーチに手を伸ばして、何のつもりっすか?」

「クソが! 先輩に対する礼儀ってもんを教えてやるよ!」


 正面と左右の冒険者が同時に殴りかかってきた。

 防ぐのも避けるのも簡単だが……そこまでしてやる価値はない。

 ガッ! ゴッ! バキッ! と3人の拳が俺に命中する。


「いっ……!?」

「ぐあっ……!?」

「硬っ……!?」


 殴った3人が、拳を抱えてうずくまる。

 無防備に殴られた俺は平気だ。鍛え方が違うからな。


「黙って他人の持ち物に手をのばし、いきなり殴るのが先輩の礼儀っすか。

 じゃあ、俺は人間としての礼儀ってもんを教えてやるっすよ。」


 殴ってきた3人と、後ろから手を伸ばした1人、合計4人。まとめて引きずり倒し、4段に重ねて、俺はその上に馬乗りになる。


「ぐえっ!?」

「なっ……!?」

「重っ……!?」

「なんで……!?」


 4人がジタバタともがくが、びくともしない。


「反省の色がないっすね。」


 俺は馬乗りになったまま、少し足の力を抜いた。


「ぎゃああああ!」

「潰れる潰れるぅぅぅ!」

「出ちゃう! 中身出ちゃうからぁぁぁ!」

「どんな体重してんだ、てめえぇぇぇ!?」


 俺は左手の小指にはめた指輪をかざした。


「これは優しい兄上が、俺を鍛えるためにプレゼントしてくれた『鍛錬の指輪』だ。

 なんと、これを装備している間、俺にかかる重力は10倍になる!

 俺の体重が今130㎏ぐらいだから、1.3トンになるわけだな。」


 ちなみに身長は180㎝。筋肉モリモリの130㎏である。体脂肪率は5%だ。

 体脂肪率が低すぎて、じっとしていると水に沈む。そのため泳ぐのは苦手だ。普通の人より体力を使う。まあ、その体力も普通の人より多いわけだが、歩くのと比べてどっちが楽かという問題では、普通の人よりも疲れる。

 ゴリマッチョに絡んで持ち物をスってやろうなんて、どんな命知らずなんだと思うかもしれないが、この世界にはステータスというものがある。ステータスは、見えないパワードスーツみたいなもので、筋力とは関係なくパワーを発揮する。細腕の女性がゴリマッチョを投げ飛ばす、そんな光景も珍しくない。女性らしい体形とパワーを両立したい女戦士には、とても優しい世界だ。

 つまり、新規登録に来た俺は、いくらゴリマッチョだろうと、低レベルの弱者が見た目だけ強そうにしている、と見られるわけだ。

 残念ながら俺は本気で鍛えているわけだが。なんせステータスが99%減だ。常人の100倍努力してやっと人並みのステータスである。なりたくてゴリマッチョになったわけではない。


「俺が悪かったああああ!」

「許してください! 潰れて死ぬのはいやだあああ!」

「ていうか、それ『囚人が暴れるのを防ぐ用の呪いのアイテム』だからぁぁぁ!」

「お前、兄貴のいやがらせを好意的に受け止めすぎぃぃぃ!」


 なんか兄上を悪く言うやつがいるようだ。けしからん。


「お前とお前は反省の色ありだな。行って良し。

 お前とお前は兄上を愚弄したのか? けしからん。おしおきだ。」

「「ぎゃあああああああ!」」





 そのころ、リグレット公爵の屋敷では――


「そういえば、父上。ボイドがいつも服の下に着こんでいるモノ……あれって、今、どのぐらいの重さになってますか?」

「うん? なんだ、それは?」


 ふと思い出して尋ねた兄フェイム。

 しかし、父オナーは、そんな事まったく知らなかった。


「え? ご存じないので?」

「だから何のことだ?」

「あいつ、両手両足と胴体に重りを仕込んでるんですよ。リストバンド、スネ当て、ベストにポケットをたくさんつけて鉄板を何本も入れてましてね。」

「はあ!? あいつ、そんな事してたのか?」

「ええ。そのまま訓練してました。寝るとき以外……いや、寝るときも装備したままだったかも……。」

「騎士との対戦も、その状態で……?」

「もちろんです。」

「ちなみに、その装備を作ったのは誰だ?」

「騎士団の装備品で世話になってる例のドワーフです。」

「……ちょっと問い合わせてみようか。」


 Q:ボイドの修行用装備って、今どんだけの重量なの?

 A:鉄板に重量増加の魔法をかけて1本100㎏にしたものを、手足と胴体に10本ずつ、合計5トンです。あと重すぎて壊れないように『装備解除不可』の呪いもかけてますが、坊ちゃんは《アンチカース》の魔法を覚えたので、自分で外せます。


「「えええええええええええええええええええええ!?」」

「5トン!? 何それ、どんな化け物!? あいつステータス99%減だよな!?」

「いや……その……父上、実は……あいつ、囚人用の『拘束指輪』も装備してるんで……5()0()()()です……5トンじゃなくて。」


 オナーとフェイム親子は、顔を見合わせた。

 もしかして、あいつ(ボイド)、もンのすごぉ~~~く強いのでは……?





「どるああああ!」


 ズドオオオオオオオオオオン!

 土煙を上げて、殴り倒したドラゴンの頭が地面に埋まる。


「グオオオ……! 数千年を生きた我を……ここまで圧倒するとは……!

 もはや、どうやっても勝てぬ……ふっふっふっ……最期にこれほどの相手と巡り合えるとは、神に感謝せねばなるまいな。」

「なんだ、もう降参か?」


 まだ俺は重りを外してもいない。

 これで降参とかつまらんな。Sランクの魔物だと聞いてきたのに。


「ああ、好きにするがよい。

 我は貴殿に敗れた。勝者の決定に従おう。貴殿ほどの強者に討たれるならば本望だ。」


 もう諦めちゃってるよ。武人だねぇ。すごく潔い態度だ。俺ちゃんの好感度マックスだよ。

 けど、そんなのは俺が認めない。


「それじゃあつまらん。《ヒール》!

 お前、もっと鍛えろ。強くなれ。そんで俺とまた戦おう。」


 せっかく()()()()()()()()()()()()()()()相手と出会えたんだ。

 1回こっきりで終わらせたんじゃ、もったいない。


「なんと……。

 ふふ……! ふはははは!

 今日ななんと良き日か! 我と同じ志を持つ者に出会えた! しかも我よりも強者ときている!

 よし、決めたぞ! 《変身》!」


 レッドドラゴンが赤毛の美女に変身した。(メス)だったのか。

 てか、おっぱいデカいな! うは! 眼福眼福!


「うん……? 我の胸に興味があるのか?

 こんなもの、デカいだけで役に立たんが……そうまじまじと見られると、何やら照れくさいな。その、なんだ……興味があるのなら、触ってみるか?」

「いいのか!?」

「あ、ああ……我は敗北したのだからな。勝者には我を好きにする権利がある。

 なんか、すごい食いつきようじゃな。」

「そいじゃ失礼してっ……!」


 もにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅ!


「ちょっ!? 揉むでない! 触るだけにせんか!」

「ふおおおおおお! けしからん! けしからん触り心地ぃぃぃ! まさに触る麻薬やぁぁぁ!」

「あっ!? こ、こら……! あひぃ!?」

「ていうか、人間に変身するのはいいけど、その服はどこから出て来たんだ? ドラゴンって全裸だよな?」


 もにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅ!


「全裸いうなし! 変態じゃないから!

 ていうか、揉みすぎぃぃぃ!」


 このあと、レッドドラゴンが「くたぁ」ってなるまで揉んだ。

 ちなみに名前はスカーレット。効率的に鍛えるなら俺と戦うのが一番だという事で、俺に同行することにしたらしい。なお、勝ったから俺が主人という事にしたようだ。いわく、「ドラゴンは強いものに惹かれる」らしい。

 まあ、魅力を感じる基準は人それぞれだしな。耳が大きいほうが美人だという部族もいれば、唇が大きいほうが美人だという部族もいる。ところ変わればというやつだ。


「ひどい目にあったのじゃ……。

 もう昼間は主人に胸を触らせないようにせねば……。」

「夜ならいいのか?」

「そ、それは……その……や、優しく頼むのじゃ……。」


 可愛いので、その場で押し倒しました、まる。


「ホントにヒドいな!?」





「ボイドがSランク冒険者ぁ!?」


 実は強いのでは、とボイドの動向を追っていたオナーとフェイム親子は、その知らせを受けて椅子から転げ落ちた。


「まだ追放してから1か月しかたってないぞ!?」

「そのあと登録して成り上がったって事だよな!?」


 冒険者ランクは、Sを頂点としてA、B、C……とGまで続く8段階だ。

 GランクからFランクに昇格するのに半年ぐらいかかるのが普通で、努力次第でどうにかなるのはCランクまで。Bランクは天才の領域で、Aランクは英雄の領域だ。Sランクなんて歴史上でもそう何人も出ていない伝説の領域である。


「それが、なんでもレッドドラゴンを従えたとかで……。」


 報告に来た執事は、ボイドの追放前の様子を知っているだけに、「にわかに信じがたい事ですが」と困惑していた。なお、この執事はボイドが50トンの重りをつけて行動していることを知らない。騎士と戦っていつも負けるが、何度でも再挑戦して騎士のほうが「もう勘弁してくれ」と言うまで続ける根性だけはすごいやつ、という認識である。


「従えた……?」

「倒したとかじゃなくて……?」


 ドラゴンライダーという称号がある。ドラゴンと戦って勝ち、なおかつ殺さずに決着した場合、ドラゴンは相手を認めてその背に乗せるという。

 単に殺しきれなかったのなら、ドラゴンは逃げる。だから、逃がさず殺さず、手加減して勝てる者だけがドラゴンライダーになれる。

 つまり、単に殺しただけのドラゴンスレイヤーよりも上等な称号である。

 しかも、レッドドラゴン。グリーンドラゴン、ゴールドドラゴン、ブラックドラゴンに続く、最上位のドラゴンだ。ちなみに、グリーンドラゴンを「普通」とすると、ゴールドドラゴンは攻撃力が高く、ブラックドラゴンは防御力も高い。そしてレッドドラゴンは、むちゃくちゃ強い。強大な魔物――どころではない。あんなのはもう災害だ。台風みたいな規模の火炎が襲ってくると言えば分かるだろう。

 そのレッドドラゴンを従えた。

 オナーとフェイムは、目が点になった。

 そして、考えるのをやめた。


「それで、敵の動きはどうなっている?」

「今のところ、こちらの包囲殲滅作戦がうまくいっているようです。

 ですが、後方のブラッドオーガが動き出した場合は――」


 今、リグレット公爵家はスタンピードに直面し、その対処に当たっていた。





「緊急依頼を発動する!」


 赤竜スカーレットを冒険者として登録した直後、ギルドマスターが出てきて大声で叫んだ。


「リグレット公爵の領地、東部の山脈付近でスタンピードが起きている!

 公爵は領軍を率いて魔物を封殺しているが、ブラッドオーガに包囲網を突破されたらしい! 街に被害が出る前に、救援に駆けつけ、対処せねばならない!」


 参加するだけで報酬が出る、とギルドマスターは声を張り上げていた。

 うーん……父上の手伝いかぁ……。もう赤の他人だとか言われてるし、手伝っていいものだろうか?

 ちなみに、リグレット公爵の領地の東側には、1000年前に世界征服をたくらんだ魔王が本拠地にしていた魔王城がある。魔王は倒されたが、今でもその周辺は強力な魔物がはびこる人外魔境だ。

 1000年前に魔王軍と人類連合軍が戦ったときは、人類連合軍が劣勢になり、異世界から勇者を召喚して倒してもらったらしい。勇者は王女と結婚し、120歳の大往生を遂げた。その後、800年前に魔王軍残党が再起を図って再び侵攻してきたが、当時辺境伯だったリグレット家の先祖がこれを撃退している。その功績で王女を降嫁され、公爵に取り立てられた。以後、リグレット公爵家にも異世界勇者の血が入ることになる。

 異世界勇者の血が入った末裔は、たいてい強力なスキルを持って生まれるが、100年に1回ぐらい「異世界」というバグが集まって固まったような「外れスキル」を持って生まれる。一種の先祖返りといっていいだろう。俺もそういうわけで【無能:ステータス低下】を持って生まれたのだろう。


「うーむ……。」

「主人よ、自分を追放した家を見捨てるというのなら、それもアリではないかの?」

「うん? ……ああ、いや、そういう事じゃないんだ。」


 そんな報復心は持っていない。父上は俺をちゃんと育ててくれたし、兄上は俺の訓練に手を貸してくれた。感謝こそすれ、報復など……。

 だが、大勢の冒険者たちが参加手続きをしていく中、俺は父上を手伝っていいのかどうか迷っていた。

 だって「リグレットを名乗るな」とか「赤の他人に小遣いなどやらん」とか言われたし、父上は俺が手伝うのをよしとしないのじゃなかろうか? また「父上の顔に泥を塗った」とか言われても困る。迷惑をかけるのは本意ではない。


「ボイドくん。Sランク冒険者の君が参加してくれると心強いんだがね?」


 ギルドマスターが「早く手続きしろ」という顔で俺を見る。

 うーむ……まあ、赤の他人がギルドの緊急依頼に参加したぐらいで「父上の顔に泥を塗った」とか言われない……だろう……な? たぶん……。





「グオオオオオオオオオオ!」


 赤竜スカーレットが吠える。

 攻撃でも何でもない。威嚇ですらない、ただの気合だ。「さあ、やるぞ!」という。

 しかし、犬が狼の尿臭をかいだだけでおびえるように、魔物の群はレッドドラゴンの声を聴いただけでおびえ始めた。

 スカーレットには適当に暴れてもらおう。


「うらっしゃああああ!」


 俺は魔物の群を剣でぶん殴っていく。

 この剣も、重さを増加する魔法がかかっている訓練用の剣だ。刃は潰してあり、当てて引いたぐらいでは斬れない。相当な速度で振りぬけば別だが。

 なお、重量増加の魔法に耐えるだけの強度をもたせるべく、強度増加の魔法もかけてある。

 ぶっちゃけ「頑丈だ」という理由で、俺はこの剣を実戦でも使っている。だって、普通の剣じゃあ壊れてしまうんだもの。


「ギエエエエエエエエエエ!」


 ブラッドオーガが雄たけびを上げ、周囲の魔物から生命力を吸い取っていく。

 その光景はまるで魂を食っているようだった。

 これにより、ブラッドオーガは存在の格が上がり、一介の魔物から1柱の「魔王」へと変貌した。

 魔王――それは神の座に名を連ねる存在。圧倒的な脅威。

 その誕生を目の当たりにして、冒険者も領軍もみんな戦意を失っていた。勝てるわけがないと。


「よっしゃあああ!」


 俺は大喜びで斬りかかった。

 1000年ぶりの魔王! これほどの強敵と戦えるチャンス、二度とないかもしれない!

 だが、振りぬいた瞬間に剣は砕け散り、俺は魔王の拳を食らって吹き飛んでいた。


「ぐほあ!?」


 岩や木々を砕きながら吹き飛び、100m以上も地面と平行に飛んでからようやく止まる。

 めっちゃ痛い。しかし鍛えていたおかげで死ぬほどじゃない。すぐ《ヒール》をかけて回復した。


「も、もう駄目だ……!」


 誰かが言った。

 それは絶望の言葉。


「いいぞぉ! もっと鍛えるチャンスだ!」


 俺が言った。

 それは希望の言葉。

 困難は、考え方ひとつで解決する。憎しみも慈しみも同じ心が生み出すもの。心の持ち方、その積み重ねで人生の幸福度は決まる。


「武器が通用しない相手は、これで2度目だなぁ……!

 クックックッ……! 本気で戦えるのは素晴らしい事だ!」


 俺にとって、武器の使用は相手に気遣っている。つまり手加減だ。

 だって本気で使ったら武器が壊れてしまう。武器だってタダじゃない。公爵家を追放された今、壊れたからって「じゃあ買おう」なんて簡単にはいかない。金欠なのだ。


「いっくぞおおおおおらああああ!」


 魔王に素手で殴りかかる。

 それは多くの人にとって、自暴自棄の無謀な特攻に見えただろう。

 だが違う。剣を使ったら吹っ飛ばされて終わりだった俺が、素手ならまともに殴り合える。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」

「グモオオオオオオオオオオオ!」


 魔王と俺は、秒間数百発におよぶ殴り合いの末――


「ぐはっ!?」


 俺が吹き飛ばされた。


「うはははは! いいぞぉ! 《ヒール》!

 それじゃあ、もうちょっと本気出すか! 《アンチカース》!」


 ドスウウウウウウウウウウン!

 装備解除不可の呪いが解除され、両手足と胴体から50トンの重りがちぎれて落ちる。

 落ちた重りが地面にめり込み、轟音とともに砂埃を舞い上げた。

 ついでに「鍛錬の指輪」も外す。なくさないようにポケットに入れておこう。


「よっしゃあ!」


 体も軽くなり、テンションも上がった俺は、全力で走りだし――その場で転んだ。


「あべしっ!?」


 地面を蹴る力が強すぎて踏み砕いてしまい、足が滑ったのだ。


「もう1回ぃぃぃ!」


 今度は気を付けて走り、魔王と殴り合う。

 重りを外して速さが圧倒的になった俺は、魔王を一方的にボコった。


「グギエエエエエエエエエエ!」


 魔王は倒れた。


「やったか……?」


 誰かが言った。

 それはフラグだ。

 魔王の体がボコボコと沸き立つように膨れ上がり、巨大な第2形態へと変貌を遂げた。


「ギョアアアアアアアアアア!」


 思わず耳をふさぎたくなるような不快な声で叫ぶ魔王・第2形態。

 その強さは何倍にも膨れ上がっており、俺は反応すらできずに殴り飛ばされた。

 一瞬で追いついかれて、さらにボコボコに殴られる。反撃のタイミングもクソもない。俺が死ぬまで攻撃は止まらないとでも言わんばかりだ。


「ぐはあっ!?

 ま、マジか……!」


 こんな強敵がいるなんて……! なんてすばらしい!

 もしかして父上が俺を追放したのは、もう公爵家に残るより外に出たほうが効率的に鍛えられるからじゃないだろうか?

 うーむ……さすが父上。俺には、その深慮遠謀のかけらも分からなかった。


「……にしても、これはちょっと鍛え方が足りなかったな。」


 どうやら勝ち目がない。

 なんせ相手の攻撃を認識すらできないのだ。「鍛錬の指輪」を外しても、素早く動けるようにはなるが、認識できない速さには対応できない。魔王・第2形態は、圧倒的に強い。


「しょうがない……今回は奥の手に頼るか。」


 俺は立ち上がり、魔王を見据えた。

 「鍛錬の指輪」を装備し、そして()()2()()()(かせ)を外す。


「スキル発動――【外れ】!」


 【外れ:悪い効果が全て外れるが、5分後に1割増しで戻る】が発動し、【無能:ステータス低下】と【足手まとい:重力増幅】の効果が、今から5分間、消失する。

 99%減だったステータスが完全な状態に戻り、重力が普通の強さに戻る。

 もちろん「鍛錬の指輪」の効果も消失する。わざわざ装備したのは、5分後に1割増しになるから、これで11倍重力の「ちょっと強化された鍛錬の指輪」になるからだ。お得である。





「なっ――しゅ、主人! 手加減せよ!」


 赤竜スカーレットが慌てた様子で叫ぶ。

 だが、もう遅かった。

 ボイドは全力で拳を振りぬき、その直撃を受けた魔王・第2形態は一瞬で木っ端みじんに砕け散った。

 拳の威力は魔王・第2形態を粉砕しただけでは終わらず、そのまま直線状にある何もかもを破壊して進み、地平線まで続く巨大な土煙を上げた。

 まるでハリケーン。リグレット公爵の屋敷がある街は、運よくその直撃を免れたが、近くを通過した衝撃力の余波で衝撃波が発生し、街を囲む防壁は半壊、付近の建物はガラスが割れるなどの被害が出た。

 土煙が晴れると、そこにはえぐり取ったような跡が地平線まで続いていた。


「「…………!」」


 その場のぼほ全員、アゴが外れんばかりの勢いであんぐりしていた。

 例外は4人。やらかした張本人(ボイド)と、本気出せば似たような規模の攻撃(ブレス)が出せる赤竜スカーレット、そして父オナーと兄フェイムだ。

 オナーとフェイム親子は、ギギギ……と首だけ回して顔を見合わせた。2人とも、死んだ目で微笑を浮かべたまま、大量の汗をかいている。

 2人とも同じことを考えていた。

 あんなのを追放してしまったのか、と。


「ボイド! すまんかった! 戻ってきてくれ!」


 恥も外聞もなく、父オナーはその場で土下座した。

 1000年前の勇者に勝るとも劣らない戦力を、スキルだけ見て、そうと気づかずに追放した間抜け将軍。そんな汚名をかぶるわけにはいかない。騎士たちに見られようが、冒険者たちに噂されようが、ボイドさえ戻ってくれれば問題ない。「追放したのは一時の間違い」で済む。このあとボイドを厚遇すれば、価値を理解して改心した「ちょっとだけアホなところがある将軍」で済むはずだ。


「ボイド! すまんかった! 許してくれ!」


 恥も外聞もなく、兄フェイムはその場で土下座した。

 生まれたてとはいえ魔王を、パンチ1発で粉砕してしまう超規格外の巨大戦力。そりゃレッドドラゴンも服従するわけだ。ボイドがちょっとでも不快に思えば、自分などデコピン1発でハナクソみたいに吹っ飛ばされる。そんな相手に、囚人の指輪を渡していじめた? ヤバい! ヤバすぎる!


「えぇー……マジかよ……。」


 ボイドの嫌そうな声が聞こえた。

 だいぶイラついているのが、魔力の圧から伝わってくる。まるで蛇に睨まれた蛙。必死に機嫌を取ろうと考えを巡らせるものの、言葉ひとつ吐き出せない重圧によってすべて徒労に終わる。


 殺される。


 オナーとフェイム親子は、一瞬でぺちゃんこに潰されて死ぬ自分を幻視した。

 デコピン1発でそうなる。

 だが、ボイドの気配から察するに、それでは終わらない。拳を全力で振りぬいてくるつもりだ。完全にオーバーキルだが、イライラを紛らわせるためなら、そんな事はどうでもいいのだろう。地面が砕けて巨大な地割れになるか、それともすべてが吹き飛んで巨大なクレーターになるか――


「ちくしょおおおお! 1発で終わっちまったああああ!」


 ……は?

 オナーとフェイム親子は、再び目が点になった。


「おい、スカーレット! もったいないから戦おうぜ! せっかく5分だけ全力出せるんだ! これじゃあ消化不良もいいとこだよぉぉぉ!」


 は……? え? ……は……?

 イラついていたのは、そこか?

 父と兄の土下座なんか、目にも入っていない。


「勘弁してくれ、主人。

 その状態の主人と戦ったら、一撃ももたずに死んでしまう。」


 赤竜スカーレットが、呆れた声で言った。


「うわーん! もっと鍛えたいよぉぉぉ!」


 ボイドは泣き出した。

 今度こそ、全員の心が一致した。


 ……は? まだ鍛えるの?

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