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東の地にて その1

彼は王都で生まれた。父は魔法の研究者で母は専業主婦というやつだった。幼少期は何不自由なく育った。父の研究がどんなものなのかどこで研究しているのかも彼は知らなかったが、自分たちの生活水準を考えると良いところでそれなりの研究をしているのだろうと思っていた。母の交流している人も貴族などである。この王国リュディニアにおいて貴族と交流できるのは同じ貴族かまたはかなりの富裕な家とか特殊な人たちに限られている。そういった人と付き合っている我が家は特別な地位にあるのだろう。その点を考えると父は立派な研究者なのだろうと推察可能である。


「母さん。ちょっと町に出てくるね。」

「バードル暗くなる前に帰ってくるのよ。」

「うん。ところで父さんは今日も遅いの?」

「ええ。研究が少し行き詰まっているようね。」

「またか。」


彼ことバードルは不満であった。父は仕事人間らしく家庭を顧みない人だった。家事のことはすべて母に押し付けている。とバードルは感じている。しかし、決して父が嫌いというわけではない。不満であるが、それ以上に研究者として家を収入面で支える父として尊敬していた。


「父さんの研究ってどんなのなの?」

「さあ、私にも分からないわ。魔法関係の研究しているようだけど。」

「でも、きっと素晴らしい研究しているんだろうね。」


家庭のことをすべて母に任せて研究に没頭しているのだ。何かこの国の最先端の研究をしているに違いない。そんな根拠のない願望のような目差しを父にバードルは向けていた。


「そうね。気をつけて行ってきなさい。」

「うん。」


家を出たバードルは近くの公園に行った。暇になるとよくこの公園のブランコに乗りに来るのだ。ブランコに座るとバードルはゆっくり漕ぎ始めた。あまり勢いをつけずに漕ぐのがバードル流のブランコの楽しみ方である。この公園はあまり人が来ない。たまに近所の小さい子どもを連れた家族が来るくらいだ。のんびり過ごすにはもってこいの場所なのである。

ブランコに座りボケっとしていると犬を散歩している人が通った。知ってる顔だ。バードルはすぐに俯いた。早く去ってくれないかと心の中で神に祈った。バードルは人見知りが激しかったりする。内向的で友達は少ない。学校では地味グループに入っている。

一応説明しておくと彼の住むリュディニア王国では義務教育はない。金のある家庭が家業を継がせるためやより上の階層になるために自分の子どもを通わせるのである。そのため貧困層は学校に通えず、結果として所得の高い仕事に文字の読み書きができず、技術、知識もなく就職することができない。これがリュディニア王国では当たり前のことであった。世界はまだ教育機会の公平という段階にはまだ達してないのである。バードルも金に余裕がある家庭なので学校に通っている。ただ、バードルはまだ将来何をしたいかは決まっていなかった。ぼんやりと父と同じ研究者になろうかと考えているくらいである。そんなバードルを父と母は温かく見守ってくれている。今はそれに甘えているのであった。

幸近所の人はこちらちらりと見ただけで去ってくれた。バードルはホッと一安心した。絶望から生還した気がしていた。その後も小一時間ブランコに乗っていたが、日が傾き始めたのでバードルは家に帰ることにした。ゆっくりとした足取りでバードルは帰宅した。家に買えると母が夕飯の準備を終えていた。父はまだ当分帰ってこないだろうから母とバードル二人での夕飯になった。

夕飯の後、バードルは自室で勉強を始めた。宿題があったのだ。計算問題と国語である。目指すものがないバードルにはただ、憂鬱なだけの勉強である。外はすっかり暗くなっていたが、バードルには関係がない。魔道具のロウソクを使っているからである。これを使えば蛍の光に頼る必要はないのである。明かりは置いてある物体をはっきりと認識ができるくらい明るい。とても便利だが、難点は値段が割高であることである。基本的に富裕層が使うものでこれもまたリュディニア王国の貧富の固定化を示すものである。バードルの家は裕福な部類に入るのでこういった便利な魔道具を使う。因みにこの魔道具は大カーン帝国製である。大カーン帝国は魔道具開発のトップを走り、次々と性能のよい魔道具を生み出している。

だらだらと勉強していたバードルは気分転換でもしようと少し休むことにした。そんなたいして勉強してないが、やる気のない者にとっては一日より長い。逆に休憩時間は一分よりもあっという間である。ベッドにごろごろしながらバードルは本を読んだ。子ども向けの魔法騎士道ものの物語である。この世界には精霊と契約し、魔法を使えるようになり、仕官した者たちである魔法騎士という人達がいる。彼らは軍人として官吏として国や地方領主、騎士団に尽くす者たちで子どもたちから人気がある。憧れの職業でもある。バードルも憧れてはいたが、自分には到底勤まらないだろうなと思っていた。絶望的に自信がバードルにはないのであった。それ以前に魔法騎士になるには精霊と契約しなくてはいけない。そのあてがないのだからバードルには到底無理な話であった。しばらく本を読んでいたバードルは眠りに入った。



その日もバードルの父ガルドーは徹夜していた。古書館で研究に没頭しているのだ。彼の研究は魔法に関する研究である。特に精霊との契約なしで魔法の行使ができるかの研究である。この研究で魔法の行使を精霊なしでも可能となれば世界に革命的な影響を及ぼすであろう。 特に軍事的には槍持ちの兵士はいなくなり、鉄砲よりも強力な一般兵士が生まれる。しかし、彼はこの研究を民衆生活向上のために使いたいと考えていた。密かに接触してきてその技術を提供してほしいと頼んでくる貴族もいる。でも、どんなに金を積まれてもガルドーは断ってきた。それが彼の矜持なのである。社会に貢献できる研究をとガルドーは志してきた。

時間はもう深夜である。また、バードルが寝てからの帰宅となりそうである。最近息子とはあまり話してない。バードルのことは妻に任せっきりである。申し訳ないが家族のため社会のためにもこの研究を続けなければならない。こう考えて彼は家族に甘えていた。


「ん。」


この時間は誰も古書館にはいないはずである。とすると。


「宗教庁の監察方か。」


ガルドーは宗教庁に目をつけられている。理由は精霊を使わずに魔法を行使できるという研究は彼ら宗教庁の崇める理から逸脱していると考えられているからである。神への冒涜、背信行為と見られている。たまに嫌がらせのように宗教庁に呼ばれ尋問される。そのうち宗教裁判にかけられるのではないかそこがガルドーの宗教庁に対する唯一の心配であった。宗教裁判ともなれば信仰が疑われていることが、公になってしまう。そうなると息子や妻の立場が危うくなる。この王都で暮らせなくなるかもしれない。それは妻たちにはあんまりだとガルドーは思うのであった。

さて、これ以上いてトラブルになるのは避けたい。何か理由をつけてガルドー自身を捕らえるかもしれない。いつもこそこそとどこからかこちらを監視しているだけだが、いつ仕掛けてくるかはわからない。今日はもう帰ろうと考えた。ガルドーは古書館を出た。


朝、バードルが起きると父は既に仕事に出ていた。最近顔をあわしてないなと思いつつ、母の作った朝食を食べていた。


「父さんは昨日帰ってきたの?」

「ええ、夜遅くに帰ってきたわ。」

「で、もう仕事に行ったんだ。」

「まぁね。」


そう言って母は暗い顔をした。何か思うところがあるようであった。バードルはそんな母の顔を見ていると少し不安になった。朝食を済ますとバードルは学校に向かった。朝の王都は仕事に向かう人で溢れていた。もう次期夏だが朝はまだまだ涼しい。小鳥の囀ずりが心地よい。その隙間を縫うようにバードルは歩いて行った。

学校に到着するとそそくさと自分の席に座った。バードルは教室では一人でいることが多かった。話すこともあるが、基本的に一人で読書をしていた。中々打ち解けられる人がいないのが、学校におけるバードルの悩みでもあった。貴族の子弟が多い学校なので話があわないのである。クラスメイトも将来の使える人脈になるか値踏みする打算的なところがあった。そうしたこの学校の空気というか哲学というかが、さらにバードルを一人にさせていた。授業中はどこかぼーとしている。あまり勉強には身が入ってないのである。さらにたいして勉強しなくてもバードルはそこそこの点を取れてしまう。特別できるわけではないが、先生や親に叱責されるほどの点ではないのである。よって、将来への危機感もなくただなんとなく過ごしてしまっていた。向上心のある人は愚かだと思うかもしれないが、これもまた青春ではないだろうか。何か熱中するわけでも、恋に走るわけでもない。ただ、退屈な日々を過ごす。これもまたその人の生き方だと思う。

授業が終わるとバードルはよく図書室に行く。家にない本を読むためである。今日は新しく本が入荷される日であった。図書室に行くとすでに開いていた。入るといつもの彼女がいた。彼女の名前はバードルは知らない。ただ、毎日誰よりも早く登校し、図書室を開け、放課後も誰よりも早く図書室に来て作業をしている。バードルは純粋に彼女は立派な人だと別にどういう人かも知らずにそう考えていた。彼女と話したこともないのにそう思うバードルは純粋な人なのだろう。彼女に話し掛けることもなく、適当に本を選んで読み始めた。本は騎士道論という書名のを選んだ。難しそうなタイトルだが、貴族の子弟が多く通う学校なので置いてあった。貴族の子弟の多くは領地の精霊と契約して魔法騎士となる。そのなる前の心構えというものを植え付けるために置いてあった。

しばらく読書した後、バードルは帰路についた。大通りの道行く人はみんな楽しげにしているようにバードルには見えた。自分だけが取り残されているような気持ちになった。その少しの寂しさとともに家に着き、ドアを開けると母が深刻な顔をしてバードルを出迎えた。彼の人生が動き始めようとしていた。

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