ヒステリー
「と、言うわけでだな。」
と、蒼はシオンに鱗とUSBメモリを差し出す。
「お前らのとこで色々と調べてくれ。」
「いやいやいや、なんでうちに?わざわざ押しかけてきてさ……」
ここはシオンの自宅、さてらいとが──いつの間に連絡先を知っていたのだろうか──住所を教えたらしく、蒼が突如饅頭三箱を携えて押しかけてきたのが五分前。
「うちのとこで調べると色々と厄介なんだよ。内紛みたいになっちゃうと困るし……」
と、蒼は頭を掻く。癖のある黒髪がまとまって耳のように頭の上に鎮座しているのが連動してぴこぴこと揺れる。
犬みたいだな、とシオンはふと思った。
改めて見るとシベリアンハスキーにどことなく似ている気がする。
『悪いけど、協力してあげてくれないかな。こちらとしては情報がただで手に入る絶好の機会だ。』
さてらいとがシオンに言う。
「おまけに饅頭までついてくる、か……」
と、シオンは4つ目の饅頭の個包装を剥いた。
「糖尿になるぞ」
「前にも言われたよ」
蒼の忠告など無視して、シオンは饅頭をかじった。
「で、行ってくれるのか?」
「ああ。饅頭ももらったしな」
「そればっかだな。もう一箱くらい持ってこればよかったかな……」
『うちの貴重な戦力を糖尿にするのはやめて。』
「だな」
と、蒼は5個目の饅頭を手にとったシオンの手首を抑える。
「そろそろやめとけ、体壊すぞ……!」
「この程度で壊れる体なぞ……!」
静かな、そして無駄なこの攻防は、さてらいとがブチ切れるまで続いた。
「おかしいですね……」
隠し部屋の研究室、夜雲はUSBメモリを引き抜いては挿し込みし続ける。
データがない。挿し直しても。
「おかしいですね……!」
苛立ちを含んだ声とともに、夜雲はコンセントを抜き、挿し──電源を入れ、メモリを挿し込む。
「なんでデータが消えてるんですかね……こっちは急いでるんですよ……!」
苛立ちがつのる夜雲は何度も抜き挿しを繰り返すが、データは復活しない。フォーマットされたダミーなのだから当然ではあるが、彼がそれを知るはずもなく。
「ああああ!」
ヒステリーを起こした夜雲は、モニターを地面に叩きつける。
ガシャァンと言う音と共に、画面が波打つように割れる。
「くそっ!」
夜雲は地面に落ちたモニターを蹴っ飛ばす。モニターは壁にぶつかって、ただのスクラップと化した。
「はあ……新しいパソコンを……持ってこないと……」
八つ当たりによって多少気分が収まった八雲は、新しいパソコンを求めて研究室を後にした。