再戦
アパートの前の通路にいたのは座り込みおびえる怯える若い女と、彼女に近づくさっきのワニの怪人。
──何が目的なのかは知らないが、力の弱い相手ばかり狙う卑怯な奴め。
シオンの心に怒りの炎が燃える。
「そこまでだ!」
シオンの静止などどこ吹く風で、怪人は歩を進める。
「あーもう!」
聞かないなら実力行使しかない。
シオンは怪物の背中を蹴る。
硬い。反動で足にしびれるような衝撃が走った。
怪人はようやくシオンをじろりと見る。
距離を取りへっぽこな構えを取るシオンに、怪人は尾の一撃を見舞う。
「あぶねっ!」
地面をこすりながら迫る尾を、シオンはジャンプでかわす。
さっきより少し目が慣れたのかもしれない。
「逃げて!」
シオンの声に女はうなずくと、よろよろと逃げていった。
獲物を取り逃した怪人は、怒りのこもった蹴りを放つ。
「遅い!」
怪人のパワーは脅威だが、当たらなければなんとか戦える。
重くも鋭い攻撃を、シオンはギリギリでかわし反撃を続ける。
「くそ、やっぱ効いてないな……」
シオンの蹴りも拳も、果ては肘打ちや拳槌に至るまで怪人にさしたるダメージを与えられていない。
このまま持久戦に持ち込んで体力切れを狙うか。
そもそもこのスーツ、制限時間とかあったりしないだろうな?
シオンは焦りながらも回避と反撃を続ける。
何度目かの尾をかわし、正拳を怪人の鼻っ柱に叩き込んだ時突然、『フィニッシュムーブ、スタンバイ!』とチェンジャーが鳴り響いた。
「これ、必殺技ってやつか?」敵の攻撃をかわしながら、シオンはチェンジャーを操作する。
『フィニッシュムーブ!バニッシュインパクト!』
チェンジャーから深緑の光が溢れ出し、左拳に集まっていく。
「うおおおおおお!」
怪人の蹴りを右手でいなし、突き上げるように相手の顎に左拳を叩きつける。
光を帯びた拳は怪人を上空に打ち上げ、その背中から飛び出したコインのようなものが爆発した。
怪人は地面に落下し、人の姿を取り戻す。
人相からは、怪人になって人を襲うようなこととは縁がなさそうな、大人しそうな男。
彼は自らの意思で怪人になったのだろうか。
「へー、意外と根性あるね、お前。」
いつのまにかシオンの住むアパートの屋根の上にいたビップ・ザ・スターが、シオンを見下ろしながら言った。
「失格は取り消し。無資格くらいにしといてやるよ。」
変わらないのでは、と返そうとしたときには、ビップは屋根の上から消えていた。
「帰ろ。」
もやもやが少し晴れ、戦ったら腹が減ってきた。
家に戻ってカップ麺でも作るか。
帰宅したシオンに突き付けられたのは、カップ麺の備蓄がすべてなくなっているという悲しい出来事だった。
「なんで?まだ1ケースか2ケースくらい……」
落胆するシオンに、隣の部屋から麺かなにかすする音が聞こえてきた。
「まさか……」
確証はないが多分隣人だ。
幸いというべきか他のものは無事だし、部屋は荒らされていなかった。
逆に言えば証拠がないので泣き寝入りである。
シオンは鍵をかけずに家を出たことを心から後悔し、ヒーローであっても戸締まりはしっかりとすることを心に誓うのであった。
怪人名鑑#2 ダイカイマン
巨大な口と尾が特徴の、ワニのような怪人。
戦闘力は高いが、寒いところとかき氷は苦手。
変身者は蕎麦屋の店主。おんなのこによからぬことをしようとしていました。