失格
「そこの2人!何してる!止まりなさい!」
振り返ると、追いついた警官が怪人とシオンに向かって銃を向けていた。
その隙をついて、怪人が尻尾をシオンに叩きつける。
「うわっ!」
シオンは吹き飛ばされ、地面を転がる。
──そうだ、あの子をまず助けないと。
「おまわりさん!あそこの女の子を!」
警官がジャングルジムの中の少女に気づき、頷く。
が、シオンの意図に気がついた怪人が警官に突進する。
「させない!」シオンの捨て身のタックルが、怪人を転ばせる。
怪人はお返しとばかりにシオンを太い腕で掴み、大きく口を開いた。その口の中には、ずらりと鋭い牙。
シオンは逃げようともがくが、がっちりと拘束されて呼吸すらままならない。
そのまま怪人の巨大な下顎の上に乗せられ、上顎が風を切りながら迫る。
──これで終わりか……
シオンは目をつぶる。が、その牙が彼を貫くことはなかった。
パァン、と銃声とともに怪物がよろめき、シオンの拘束が解ける。
「待たせたな!ビップ・ザ・スター!参上!」
シオンの窮地を救ったのは、カウボーイのようなテンガロンハットを被り銃を両手に構えた仮面のヒーローだった。
2対1では分が悪いと判断したのか、シオンを離した怪人は地面に潜り込みそのままどこかに消えた。
「くそ、逃げられたか!」
ビップ・ザ・スターと名乗ったヒーローは銃をホルスターに戻し、シオンを指さした。
「ここに来るまで、さてらいとに中継見せてもらってたけどさ。お前、今んとこヒーロー失格な。じゃ、またそのうち。」
それだけ言って、スターもどこかに去っていった。
警官も少女を保護して離脱したらしく、あとに残されたのはシオンひとり。
「帰るか。」
もやもやした気分のまま、シオンは帽子とマスクをつけ自転車を走らせた。
薄暗い六畳間。
無事に帰宅したシオンは、変身を解除して座り込む。
「なんだよ、ヒーロー失格って。」口を尖らせ呟く。
──俺が弱いからか?確かにあの怪人に手も足も出なかったけれど…
心の奥のもやもやが消えないまま、シオンは4自衛を開く。
面白げなスレッドも見つからない。
「寝るか。」
引きこもりの彼にとって、この方法は合理的なものだった。
これくらいの悩みは時間が解決してくれる。
少なくとも、今までのところは。
昼過ぎに目を覚ましても、もやもやとした感情は消えていなかった。
飯にするか、とシオンはカップ麺を出し、給湯器から直接湯を注いだ。
「割り箸割り箸……ないな。」
フォークを取り出すも、何故か食欲がわかない。
「なんだよ失格ってさぁ……」
無造作に投げ出したフォークは、机の安い集成材の上に金音を立てて転がった。
チェンジャーを片手で玩びながら十分ほどうじうじとしているうちに、カップ麺はすっかり伸び切っていた。
「あーあ、勿体ないなー……」
シオンは他人事のように呟き、ゴミ箱にカップ麺を放り込む。
再び寝ようとしたシオンの耳に、誰かの悲鳴が聞こえた。
近い。具体的には、家の前の道路くらい。
シオンは飛び起き、チェンジャーを腕に装着する。
「変身!」
『エンター!マスクドオン!ジュピター!』
「ッカゲンニシロォラァー!!」
変身音に、隣人の壁を叩くリズムがアクセントを加える。
ジュピターに変身したシオンは鍵もかけず家を飛び出した。




