夜景
「ほら、着いたぞ!……いつまで腰につかまってんだよ」
「あうあうあうあう……」
目的地の峠。はじめてのタンデムに慣れないシオンは、寒さと体験したこともない風速に気圧され、腑抜けになっていた。
「あー、こういうのも初めてだったか。いいぜ、落ち着くまでそうしてな。ヒーローってのはこんなふうに人に寄り添うのも仕事だ」
「あうあう…」
数分後体温が戻り、我に返ったシオンはビップの腰から手を離した。
「あ、ごめん……」
「なんで謝んだよ。ヒーローってのはこういうもんだ。お前も覚えときな。そしたら赤点くらいには格上げしてやる。……ほら。俯いてんじゃねえよっと」
ビップはバイクから降りると、シオンをひょいと抱え上げた。
「お、お姫様抱っこ!?」
「そんくらいいいだろ。まだちょっとふらふらしてんだろうしさ。俺もはじめはそうだったよ。──っと、見てみな」
抱きかかえられたシオンの目に、一面の夜景が映る。
「ここ、夜景よく見えんだよ。俺も──いや、俺じゃねえ。あたしも、落ち込んだときはよくここ来てるんだ」
夜景なんて見るのは何年ぶりだろうか。シオンはふと家族との記憶を思い出した。
──そのうち顔見せにいこうかな。
「俺達の勤めはあの夜景を、なんてことないけど大切な日常のひとつひとつを守ることなんだ。決して怪人を倒すだけじゃなくて。な?」
「うん」
「なんか上の空、って感じだな。まあいいや。明日からも頑張れそうか?」
「ああ。俺は…」
「ヒーロー、だろ?まだ無資格だけどな」
シオンは少し顔をほころばせる。
「じゃ、帰るか。後ろ乗っけるぞ」
「え?」
「2回目なんだからまあ大丈夫だろ。腰。」
「え、あ、うん」
「よっしゃ行くぞー!」
抑えめのエンジン音を響かせ、二人の乗るハーレーは峠を下っていった。