ワクチン
「飲み薬にする?注射にする?それとも両方?」
さてらいと……と、少なくともそれと思しき少女は、どこからともなく取り出した試験管と注射器をシオンの目の前にちらつかせる。
「いや……どっちも、いらな──」
「両方ね、りょうかーい」
白魚のように細くなめらかな指が、万力のような力でシオンの腕を締め上げ、浮き上がった血管にもう片方の手が手早く注射器を突き込み、中身の怪しげな色の液をシオンに流し込む。
「痛ったぁ!」
と、開けた口には試験管の中身が漏れなく流し込まれた。この世の艱難辛苦全てを詰め込んだような苦味と渋み、そして妙な辛さがシオンの口内を満たした。
「おぇっ……ううえっ……」
喉の奥から何かがこみ上げる。まるで地獄から這い上がるカンダタのような。
「吐いたら駄目だよ」
「うげぇ……」
しばらくすると、喉の痛みや咳は収まった。
「効き目は確かだけど……二度と飲みたくない……」
「多分大丈夫。ウイルスを無毒化できる抗体を体内に作り出せるようになってる……はず。きっと」
「不安だ……だめならあれ飲んでも死ぬんだよな?」
「そうなるね」
「嫌だ……最後の晩餐があれとか嫌すぎる……」
「朝かもよ?」
「もっと嫌だ……」
「まあ何にせよ、元気になって何よりだよ」
と、さてらいとは瑠璃のような目を細めて微笑んだ。