咳
熱も引いてやることもないので、シオンは河川敷でジョギングをすることにした。
河原の不吉な水たまりはなくなっていて、涼しい風が優しく彼の頬を撫でた。
「何だったんだろうな、あれは……」
自分のあずかり知らぬところで何かが起きていて、しかもそれが何なのかはわからないまま。
よくあることと言われればそれまでだが、もやもやとした感情はいくら走っても消えなかった。
いつもより遠くまで走り、日が暮れかけた帰り道、向こうから来る人影があった。
「……ゲホッ、ゲホッ……?」
──嫌な感じがする。奴には近づかないほうが……
「やあ、君がヒーローかい?近づくと君に良くない影響があるみたいだ。悪いね」
悪びれる様子もなく、人影は言う。
「お前は……あの、水たまりの……」
「水たまり?ああ、汚染されたヴォイドの体液を掃除するのを忘れていたね。失敬失敬。次からはきちんと掃除するよ」
「何の用だ?……ゲホッ」
強くなる喉の痛みに耐え、シオンはかすれた声で問う。
「なんてこともないよ。ただヒーローってのはどんな顔してるのかな、ってのと……君たちはお役御免だって、伝えに来てあげたんだよね」
「お役御免……?何をふざけた……ゲホッ、ゲホッゲホッゲホッゲホッ!」
咳が止まらない。シオンは地面に血を吐き出した。
「そろそろまずそうだね。お暇させてもらうよ。また会おう。会いたくないと思うけれど。」
人影は地面にうずくまるシオンを尻目に去っていった。
「ああ、そうそう。自己紹介を忘れていたね。疫病の担い手、プラーガだ。以後、よろしく」
背後から声が聞こえた。シオンはまた強く咳き込んだ。