疫病
数分後、河川敷に整列するイドスたちは、数百の集団へと増殖していた。
「これだけいれば……地上を制圧し、我らの楽園へと変えることもできよう……それを見れば、ロードたちの考えも変わるに決まっている……!」
熱にうかされたようなイドスの一匹の声に、他のイドスたちは頷く。
「散れ、そして世界を我らのものに──」
「あー、ちょっと待った」
上空からの声にイドスたちが一斉に上を見ると、高架の上に立つ人影があった。
「あんたたちか、宇宙から来た……なんだっけ?まあいいや。とりあえず……邪魔するよ。全力でね」
人影は高架から地面に飛び降りる。人が着地するには高すぎる落差──だが降り立った彼は何事もなく立ち上がる。
「お前は──?」
イドスは訝しむ。ヒーローのようにも見えない、ただの人間。だがこの佇まいは──余裕は、なんだ?
「神様の使いっぱしりだよ。あ、エイリアンだからわかんないかも。神様って知ってる?」
街灯の薄暗い明かりに、彼の顔が照らされる。
ブラウンの髪色に赤いメッシュ、そして瞳の大きい、中性的な顔。声でかろうじて、彼が男とわかる。
「存在しないものを信奉する……人間とは悲しい生き物だな」
「見せてやるよ。お前らは僕が神様からもらった力で、みんな死ぬ」
「非力な人間にこの戦力差、哀れみすら覚えるな。戯言をほざいて死ぬがいい」
イドスの一匹が、透き通った拳で彼を殴りつける──その拳に水疱が浮かび、爆ぜる。
「僕は文明だ。僕は今──人間の歴史を、その一つを背負っている。教えてやろう。僕は──」
彼の姿は真っ黒な戦士へと変貌を遂げる。
「僕は、疫病。疫災のプラーガ。君たちが聞く、最後の人間の名前だ。」
昆虫の複眼を想起させる琥珀のような色の大きな目が、その顔の左側で怪しく輝いた。