ヒーロー
街灯の光をギラリと反射した鋭い爪に、シオンは死の恐怖を感じた。
脳裏には生まれたときのこと、これまでの人生がぐるぐると思い浮かぶ。
こんなにくだらない人生で、こんなくだらない場所で。
こんなくだらない死に方で、死ぬのか。
情けなくて、涙が出てきた。
涙が頬を伝う間もなく、怪物は鋭い爪を振り下ろす。
が、その爪がシオンに届くことは無かった。
「逃げろ!」
その声におずおずとシオンは目を開ける。
眼の前では仮面をつけた緑色のタイツ姿のような怪人が、怪物の腕を掴み動きを抑えつけていた。
薄暗くて細部は見えないが、どことなくヒロイックな見た目。
シオンが幼い頃に憧れたヒーロー達にどことなく似ている。
立ち上がろうとするが、まだ足は動かない。
「む、無理……無理だ!腰が抜けて……」
何ヶ月かぶりに絞り出した声にヒーローは頷いた。
「大丈夫だ!俺が守る!」
腰が抜けたままのシオンは、怪物とヒーローの戦いをただ眺めていることしかできない。
しばらくして、シオンは怪物もヒーローも、どこか動きがぎこちないことに気がついた。
疲労によるものなのか、それともお互いにダメージを受けているのか。
どちらにせよ、ヒーローが勝たなければ、もしくは足が力を取り戻すまでヒーローが持たなければシオンは死ぬ。
シオンは数ヶ月ぶりに神に祈った。
前に祈ったときは何もしてくれなかった、頼りない神に。
しかし、現実は残酷だった。
怪物の力任せな蹴りが、ヒーローの鳩尾に突き刺さる。
よろめくヒーローに、怪物は爪を振り下ろす。
「ぐう……っ!」
ヒーローが倒れ、緑の仮面とタイツが光になって消えた。
代わりに残れたのは、傷だらけの男。
「逃げ……ろ……」
倒れてもまだ見ず知らずの自分を案ずる男に、シオンは困惑した。
バカなのか、こいつは?
こんな俺をかばって、自分を犠牲にしようとしている。
それなのに、俺は。
こんなかっこ悪いまま終わるくらいなら。
シオンの足にかすかに力が戻る。
「っ……うおおおおおお!」
叫びながら、シオンは怪物に向かって突進する。
力まかせと言うにはあまりにも頼りないタックル。
しかし怪物も相当弱っていたのか、バランスを崩し転んだ。
「逃げましょう!」
シオンが差し出した手に、男は腕から外した何かの装置を握らた。
「君は逃げない。君は……今から……ヒーローだ。」
シオンと男の様子などおかまいなしに、怪人がよろめきながら立ち上がる。
シオンに手渡された装置にはいくつかのボタンとレバー。
「腕に当てて、装着できたら、どれかボタンを押してレバーを……」
そこまで言うと、男は地面に倒れ込む。