迷子
その日のシオンの昼食は、カツ蕎麦だった。
どういうわけか米を切らした大取が試作品と言い張って作ったメニュー。蕎麦の香りを卵とじになったトンカツの衣が完全に封殺していた。
「あれはメニューに追加されても売れないだろうな……」
蕎麦屋から出ると、シオンは呟く。次のヒーローショーまでは2時間ほどあるが──と、目の前に小さな人影が立ちふさがる。
「かっこいい……の、ひと」
7つか8つの歳であろう少女は、シオンを見るとニッコリと微笑み、その足に抱きついた。
「わわっ、えっと……」
子供にかっこいい、とか握手をせがまれることには慣れたが、それもジュピターの姿での話。
なぜこの姿の自分をかっこいいと言って抱きついて来るのか──とりあえず。
「迷子?」
「ちがうよ。今日は一人で来たの」
シオンの足に芋虫のようにへばりついたまま、少女は言う。
「ああ……ちゃんと一人で帰れる?」
「わかんない!」
迷子だ。シオンは確信した。
──よし、交番に連れて行こう。いや、その前にこの子の親に連絡がつくかだな。
「携帯とか、家の電話の番号とかわかるかな?」
「でんわ?わかんない!」
上目遣いの笑顔と溌剌とした声で少女は言う。
──よし、交番だ。その前にこの子にどいてもらわないと。
「君、交番連れてくからさ、ちょっと離れて──」
「嫌!もう少しだけ!」
少女は離れない。このままではシオンが交番どころか逮捕される可能性すらなくはない。
「とりあえず避難するか……」
シオンは蕎麦屋の扉を開け、ぴょんぴょんと跳び跳ねながら店に入った。