baby
地上から遠く離れた空の上。ついに、新たな命が生まれ──揺蕩っていた時間が、滅びへの時計の針が、ついに動き出す。
「愛らしい……というのだろうな、こういうのは」
紫の女性型ヴォイド──ヴィーチェの腕には、赤子がすやすやと寝息を立てていた。
風船のようだった彼女の腹はもとに戻っていた。出産を終えたのだ。
緑の男性型ヴォイド、レドクスは赤子の顔を覗き込む。おそらくはヴォイドとしての本能を持たないであろう、自分たちより人間に近い生き物を。
「これが──我らの娘……」
愛の結晶、などという言葉がレドクスの脳に浮かんだ。しかし愛というものがよくわからないままその言葉を発するのは適当でないように感じ、飲み込んだ。
「なぁ、ヴィーチェ。我らは……これからどうするのだ?」
レドクスは誤魔化すように尋ねる。
「どうもこうも変わらぬよ。かわいい娘のためにも、我らは生き延びねばならない。つまりは、この星を喰らい、次の大移動に……」
「ヴィーチェ」
レドクスは彼女の紫水晶のような瞳を見つめる。
「我とこの子──家族の前でくらい、正直でいてもいいのだぞ?」
「私、私は……なあ、どうすればいいのだ?我々は滅びるわけにはいかない……しかし、我々と彼ら、ヴォイドと地球、滅びるべきはどちらだ?彼らを……娘と同じ姿をした生き物を滅ぼして、食い尽くして……なお、親のような顔で暮らしていくなど私には、耐えられない……」
ヴィーチェはうつむき、ふるふると首を振った。
「本当に、厄介なものを背負い込んでしまったな。心、感情、思考、……しかしこれを捨てられるとしても、捨てる気にはならぬ。そうであろう?」
「……」
その言葉に、無言のままヴィーチェは頷いた。
彼女の腕の中、何も知らぬ、まだ名も持たぬ赤子はすやすやと寝息を立てていた。




