バラ
シオン宅、ちゃぶ台の上にはペットボトルに刺さったバラの花が六本。
「いいな、こういうのも。」
シオンはバラに顔を近づける。微かな芳香が鼻腔に満ちた。
川沿いの花ほど強い香りはないが、これはこれで好ましいものに感じた。
「もっと早くこういうことを……こういう……?」
シオンは気がついた。なんかおかしいと。
昔の自分は花に心動かされるような人間ではなかった。少なくとも──
「選ばれた、って夢の中で言われる前までは…」
シオンはつぶやく。これも例の怪物の影響なら───いや、それもまたいいか。
「俺自身の心の変化にしろ、なんか外からの影響にしろ……」
シオンは一本だけのピンク色をしたバラに触れる。
やわらかく、ひんやりとした感触が指から伝わる。
「花は、無いよりあったほうがいいよな。それに気づいたってのは変わらない」
シオンは花びらから指を離し、時計を見る。そろそろ出たほうがいい時間だ。
「さて、行くか」
シオンはチェンジャーをポケットにしまい、立ち上がった。
『ああ、もう行くの?』
チェンジャーからはさてらいとの声。
「そりゃあな。さてらいとも来る?」
『遠慮しとく。人混みは苦手なんだ。頑張ってね。』
「おう。珍しいななんか。」
さてらいとは答えない。通信を切ったらしい。