花
時間はそのまま、やたら距離だけ伸びたジョギング。ここ数日の折返し地点は隣の街まで伸びていた。
「さて……帰るか。」
ペコペコと頼りない靴底の感触を確かめながら、シオンは来た道を小走りに引き返す。
河川敷には名前もわからない街路樹の花が咲いていた。真っ白な、大輪の花。
名前はわからないが、香水のようにいい香りがするのでここ数日の彼の楽しみだった。
「もう……あとちょっとしか咲いてなさそうだな……」
シオンは残念そうに呟く。白い花弁の端が、茶色く枯れ始めていた。
おそらく一週間もしないうちに枯れ落ちてしまうのだろう。
世の理とはいえ、もう花が見られないのは寂しい。ジョギングのコースを変えれば他の花を見られるかもしれないが、好みの花があるとも限らない。
「なんか……うちにも花とかあったらいいんじゃないか?」
ふと、シオンは思いつき、呟く。
運動で少しのぼせた脳に、それはとてもいいことのように思えた。
──帰ってシャワー浴びて着替えたら……行ってみよっかな、花屋。
シオンは思い返す。確か商店街にも花屋はあったはず。余りに余った商品券の、珍しく有効な使いみちだ、と。
──そうだ。花瓶とかないよな。花屋に売ってるかな?
そんなことを思っているうちに、アパートの下に戻ってきていた。
シオンは階段を踏む足がいつも以上に軽やかなのを感じた。
「花瓶……うちにはないよなぁ。そんなの買おうとすら思わなかったからな。せめてかわりになりそうな……」
額から流れる汗も拭わず、帰宅したシオンは花瓶を探し始めた。
「お、まああったら買うとして……なかったらこれでいいや」
シオンは飲みかけの緑茶の2Lペットボトルの中身を捨て、軽く水ですすいだ。