生身
「あれ、なんか覚えのないヒーローがうちに……だれ?」
女の声に蒼──ロムルスは振り返る。
ショートボブの毛先数センチを金色に染めた、少しきつい目つき。
黒いジャージ姿がやけに似合っていた。
「あ、どうも。お邪魔してるぜ。千疋蒼だ。」
「あー、シオンの友達?さてらいとから聞いてたよ。見舞いも来てくれてたって……ああ、あたし稲水 貴星。キキって呼んでくれ。」
「あ、ああ。」
見舞いの時は遭わなかったが、蒼もさてらいとから聞いていた。とんでもなく強いのがいると。
かつて敵として戦い命からがら逃げ出した、銃を持ったヒーローだろうか──とその時ふと思い出していた。
──あの強さに追いつくことができれば。
そう考えた蒼の口は勝手に動いていた。
「あの、キキ……さん。俺に稽古をつけてくれないか?」
「ん?ああ。いいよ。ちょうど仕事帰りで体鈍ってたしね。」
キキは変身することもなく、くいくいと手を動かした。
「来ていいよ。」
──生身?
蒼は少し怖くなる。手加減ができずに相手を──華奢なその肉体を壊してしまわないかと。
「手加減はいらないよ。変身もそのままでいい。こういうのは一回やられたほうが習熟早いからね。さあ。手加減したらあんたが死ぬよ。」
南無三、と心の中で念仏を唱えながら、蒼は突きを繰り出し──次の瞬間、目の前が空だった。
重力がなくなったような感覚──直後、衝撃とともに地面に叩きつけられた。
「何が……?」
「うん、いまのであんたの癖とやるべきことわかったよ。立てる?」
「あ、ああ……」
手を貸され、立ち上がる。
力では圧倒的なはずなのになすすべもなく投げられ、地面に叩きつけられたようだ。
「これくらい強くなれれば……」
「あんまり強さにこだわり過ぎるとよくないよ。ほどほどにしとくんだね。」
キキは達観したように言った。