肉塊
「一度は落とした命、拾いなおせたのはとても良いと思いますが……」
富岡宅。肉塊──夜雲だったもの──は鏡に映る自分を見て目を細め、ぱたぱたと不満げに羽を動かす。
「こんな情けない姿になってしまうとは、実に厄介な……」
夜雲が怪物に食われ、怪物から分離したその姿は真っ黒な球体に、目と羽だけの姿。長いまつ毛はあるが……あったところで大した違いもないだろう。
「私はその姿も好きだな。かわいいよ?」
タタラは呑気に言う。
──さっきまで人質にされていたというのに、肝が座っているというかなんというか。
シオンはタタラから目線を外し、夜雲に戻す。
「三十路も半ばで、小娘にそんな事を言われるとは……屈辱ですね……そもそも私、飲食とかできるんでしょうか……?このまま人に戻れず死ぬのでは……」
夜雲、だったものは鏡の前でぼやく。
「そもそもお前なんだってこんな姿に?」
シオンは尋ねる。現実にこんな生き物がいて、しかもそれは元人間。ありえないことのようにも思えるが、怪人をいやというほど見てきたシオンにはそれほど驚きはなかった。
「こっちが知りたいですよ……彼は……怜央は未知数が過ぎます。そして、あまりに危険だ」
「怜央……って」
「彼の名前です。山羊の化け物になってしまいましたが、知り合いだったんですよ……」
シオンは怜央──黒衣の男と戦ったときの事を思い出した。怪人に対する憎悪。そしてやけっぱちと思えるような戦い方を。
「彼は…おそらく、いえ、確実に正気を失っている……止めなくては……私にも危害が加わります……」
「身勝手な……とはいえフレイムボルトの手元においたままじゃ危険そうなのは確かだ。蒼があそこまで追い込まれるなんて並大抵じゃない。どうすりゃいいんだ?」
「待って──待ってください。フレイムボルト?彼が──手に入れて、しまったのですか?」
「ああ、そうだけど──」
夜雲の顔が──顔、というか全身か──が青ざめ、紺色になる。
「もしかしたら、彼はあれを完成させてしまう……そうなれば、人類の未来は彼に……許されない、私の発明で、そんなこと……!」
憤るように、夜雲は真ん丸な全身をぷるぷると震わせた。
「よくわからんが……なんか不都合があるのか?」
「当たり前でしょう……!あなたにわかってもらおうとは思いませんが、我々は人類の進化のために、そしてそこに名を刻むために……!富岡さん……!スーツを、何でもいい……!貸してください……!」
大きな目が見開かれる。
「悪用とかしないでね?もともと君たちの作ったもんだろうし、ちょうどいいから返すけどね」
と、富岡は夜雲に黒いチェンジャーを差し出した。