夜雲
「ぐぅ……ハァ……ハァ……忌々しい、クソ犬め……」
隠し部屋の研究室。あちこちの装甲がひび割れたウプイリは、机に手をかけ、何とか身を起こす。
限界を迎えた装甲は煙となって消え、彼はコウモリの怪人の姿──続いて人間の姿に戻った。
「あんなことが……あんなことがあっていいはずがないんだ……」
つい数分前の悪夢が、夜雲の脳裏に蘇る。
──心血を注いで作り上げた、私のフェイスレスシステムが……あんな、頭の悪い駄犬に……否定された。
「うわああああああ!」
感情を抑えきれなくなった夜雲は腕を振り払い、机の上の実験器具を床にぶちまけた。
いくつかの薬品がこぼれ床を溶かすがそれを気にすることもなく、彼はデスクトップに向かうと電源をつける。
─立ち上がりが遅い……
堪え性のない夜雲はだんだんと苛立ち、拳を振り上げ──思い直す。昨日壊し──壊れて新調したばかりのデスクトップだ。そうそう代わりはない。
「遅いな……」
夜雲はイライラと爪先で地面を叩く。
ようやく──と言っても一分も立っていないが──パソコンが立ち上がると、夜雲はカタカタとキーボードを打ち込み始める。
「違う、これじゃだめだ……」
数行にわたり打ち込んだ文字の羅列を消し、また打ち込み直す。
「これなら……?いや、もっといい方法がある、でなければ……」
──でなければ、私の頭脳は気合と根性という馬鹿げたものに負けたままだ。
嫌な考えが頭をよぎり、夜雲は額を手で覆う。
「ああ……嫌だ……嫌だ……!嫌だ!」
机をだん、と叩くと、彼はさっきまでよりも数段速くキーボードを叩き始めた。
彼の頭の中で、そしてデスクトップの上で。忌々しい駄犬を──ロムルスを倒すための新たな理論が徐々に組み上がっていく。
「できた……」
数時間の後、彼は新たなスーツの設計図を完成させ、崩れ落ちるように意識を失い机に突っ伏した。
薄暗い廃工場。この間まで黒衣の男が根城にしていたそこには、壁によりかかるように、1.5メートルほどの楕円球が転がっていた。
球の鈍色の表面は、血管のように浮かんだ姿にびっしりと覆われている。
それはときおり呼吸するように脈打ち、痙攣するようにうごめいていた。
球のすぐそばには、黒いヘルメットと、尖った鉄杭が二本。
黒衣の男の姿はどこにもなかった。
呻くような声が、中から聞こえる。
やがてうめき声はガリガリと引っ掻くような音に変わり─止まる。
ピキピキと鈍色の表面が割れ始め、濁った赤の瞳が内側から覗く。
「アアアアァ………ウウ……」
現れたそれは、黒い山羊のような姿の怪人──いや、怪物と言っていいほどに、人の姿を失った異形だった。