漁夫の利
「シオン……シオン!おい!起きろよ!」
蒼は泣きそうな顔で、シオンを揺さぶる。
「落ち着いて。あんまり揺さぶるとほんとに死ぬかもよ。」
対照的に、さてらいとは冷静なまま蒼をたしなめる。
「でも……このままだと……そうだ、救急車!」
蒼は携帯を取り出そうとするが、まだ変身中、ポケットは装甲の奥底だ。
「必要ないよ。シオンのバイタルは安定している。おそらく気を失っているだけだ」
さてらいとはシオンの首に手を当て、脈を確認しながら言う。 規則正しく脈打っている。あの怪物の最後の攻撃が何だったのか、うちだしたものがなんなのかはわからないままだが、不思議なことに命に別状はなさそうだ。
「そうか……?ならこの血は──」
蒼──ロムルスは手についたシオンの血を見て──絶句する。
流血は止まっていたが──乾きかけたそれは水銀のように、金属光沢を放っていた。
「なんだよ、これ……」
「少なくとも、救急車を呼んだところで事態がややこしくなるだけだろうね。未確認生物に襲われて血が銀色になりました、なんて現代の医療ではどうすることもできない」
サテライトは淡々と語る。
「だったら、どうすれば……」
「とりあえず、うちの研究所で様子を見るよ。できたら彼を背負っていってくれないかな。もう歩くのもきつくて。ついでにそこのヴォイドの死骸の切れ端も回収してもらえると助かる」
さてらいとは腕の装甲を開き小さく畳まれた、銀色のビニールシートのようなものを取り出す。
これにくるんで持っていけ、ということらしいり
「あ、ああ。」
ロムルスはシートを受け取り、広げる。二メートル四方はあるだろうか。伸縮性があり、丈夫そうな材質だ。
「おっと、少し待ってはいただけませんか……?」
シートを広げはじめたロムルスの耳に、上空から辛気臭い声が聞こえた。
「何の用だ、デスモダス……!」
空に浮かぶコウモリの怪人、デスモダスにロムルスは威嚇するように問う。
「教えるまでもありませんよ……あなた達を始末して、ヴォイドの検体を手に入れる、一挙両得、いえ、漁夫の利、でしょうか……?」
デスモダスはチェンジャーを取り出し、操作する。
『The Faceless soldier……ウプイリ……!』
不気味な変身音と黒煙に包まれ、デスモダスは吸血鬼のような戦士──ウプイリに変身した。
「さて……まずは……」
「うおおおおおおっ!」
ロムルスは叫び、助走をつけて跳躍──空中に浮かぶウプイリと並ぶ。
「なっ……!?しかし無駄……」
「先手必勝!天っ空!踵落としいいいいい!」
蒼は叫びながら、煙になる暇も与えずウプイリの頭頂に踵落としを叩き込んだ。
「ぐっ……!」
まともに食らったウプイリは地面に叩きつけられ、地響きとともに土煙が巻き起こる。
「まさか……この力……!」
よろめきながら、ウプイリは起き上がる。
彼の周りの土は、クレーターのように丸く陥没していた。
「おうよ!てめぇと同じ、怪人の姿で変身した!これで条件は五分だな!」
音もなく着地したロムルスは自慢げに答える。
「馬鹿な……何の専用装置もないチェンジャーでは拒絶反応が起こり、変身を維持できないはず……」
「拒絶反応?ああ、あの吐き気と目眩か。気合と根性でなんとかしたぜ!」
と、蒼はこともなげに言う。
「馬鹿な……!ありえない……!」
ウプイリは狼狽える。無理もない。長い研究を経てようやく手に入れた力が、気合と根性という非科学的なものに一瞬にして追いつかれたのだから。
「ありえない、ありえない、ありえない……そんなこと、あってはならない……!」
冷静さを欠き、振り払った手に煙が集まり剣となる。
「科学を冒涜する愚か者め……私が貴様に捌きを下す!」
ウプイリは剣でロムルスを指し示し、叫ぶ。
「ボソボソしかしゃべんねえから腹筋死んでるかと思ってたが、意外と腹から声出んじゃねぇか!いいぜ、かかってきな!」
蒼は構え、ウプイリを睨みつけた。