矢印
ワニの怪人を倒してから三週間。
朝食中のシオンにさてらいとからメールが届いた。
[ごぶさた。スマホの電源切れてるんだけど。現代人としてどうなの?それはそうと、昨日森林公園で露出狂が殺されたよ。ハンドラー(怪人)の可能性あり。君が最寄りだから見に行ってみてね。]
だそうだ。
──久々のヒーローらしい活動が露出狂の弔い合戦か。
シオンはため息をつくと空になった野菜ジュースの紙パックをゴミ箱に捨て、立ち上がった。
「久しぶりだなぁ、これ使うのも。」
『エンター!マスクドオン!ジュピター!』
大音量の音楽。
今日は隣人が外出中なのか壁を叩くリズムの追加はなかった。
一応、戸締まりだけはしっかりと。
森林公園。とりあえず変身してみたのはいいが、怪人が出た可能性があるのは昨日の夜。
数時間経った今ではこの姿になることななんの意味もないのでは?とシオンはふと思った。
地面には点々と血の跡。 鑑識か何かが入ったらしく5メートル四方ほどが立入禁止のテープを貼られているが、それをやるなら全体的にきれいにしておいて欲しかった。
[Gue-A粒子反応あり。やはりハンドラー(怪人)の仕業みたいだね]と、視界の端に文字が映る。
「え、何これは。」
[どーも、さてらいとです。おつかれさんです。変身時の視界に文字を送る機能を追加したよ。]
要る?この機能。そしてGue-A粒子ってなんぞ。
[ハンドラー(怪人)が生きてるか死んでるかがわかるよ。]
心でも読んでるのかこいつは。そしてハンドラーとやらに関する注釈は常につけとくべきもんなのか??
[粒子はあっちの方に続いているよ。]
視界の端で文字と無駄に3DCGの矢印が踊る。
こっちか。シオンは矢印の指し示す方向へ歩き出した。
矢印に導かれながら進むこと数分。
シオンがたどり着いたのは、寂れた一軒のアパートだった。
というか。
「うちじゃん。」
シオンの住むアパートの上の階、3号室。
Gue-A粒子の発生源はそこだ、と視界の端の文字がシオンに知らせる。
「公園行く必要あった?」
シオンの問いかけに、さてらいとは答えない。
「で、こっからどうしろと。」
中から人の気配はするが、まさか白昼堂々ドアを蹴破るわけにもいくまい。
視界の端で?マークが踊る。
肝心なところで役に立たない。
「た、宅配便でーす……」
シオンが思いついた策は、宅配業者のフリをするというベタすぎる手だった。
ダメもとで打った手ではあったが鍵を開け、中から禿げ散らかした中年の男が出てきた。
「悪いな、印鑑無いからサインで……ん?」
明らかに宅配便の配達員ではない、むしろ限りなく不審者なシオンを見て男は眉を潜める。
「あんたか、怪人は。」シオンの放った言葉に、男の顔色が変わる。
ドアを閉められそうになるが、ジュピターの力は男の力を上回り、じりじりとドアを開いていく。
分が悪いと悟ったのか、男はドアから手を離した。
「くっ!」
室内に逃げ込んだ男を追って上がり込んだシオンの目に、窓ガラスを突き破って逃げていく毛深い怪人の姿が見えた。
「しまった!」
窓の縁の割れたガラスはギザギザと尖っている。ここから外に出ると上着が痛む。
「ええい、面倒な!」シオンは上着と帽子を脱ぎ捨て、窓から飛び出した。