番外編 あるBランク冒険者パーティの調査
これで第1章は完結です
どうぞよろしくお願いします
――レオタ達が旅支度をしていた頃。
「リーダー、こっちの確認終わりましたぁ」
レオタ達が戦った洞窟内に数人の男女の姿があった。
彼らはBランクの冒険者パーティで、副ギルド長にここの調査を依頼された者達だった。
「そう。で、どうだった?」
「どうだったも何も、ゴブリンの死体だらけっすよ。足の踏み場もなくて、死体を踏みながら歩くしかないとか最悪っすわ」
ボサボサの髪を掻き毟る男が、真紅の薔薇が装飾された重鎧を身につけた人物に声をかけている。
男はこのパーティの斥候、鎧の人物はリーダーの戦士だ。
「何か不自然なところはなかった?」
「不自然なとこだらけでしょ。まず、たった2人でこれだけの数のゴブリンを退けて、仲間3人を助け出せたっていうのがおかしいっすよ」
「そうね。そもそも全て倒したわけじゃないと聞いていたけど、私達が入った時に既にゴブリンが全滅していたのも変よね」
「あー、そういやそうっすね。大量のゴブリンがいるって聞いて覚悟してきたのに、拍子抜けしましたわ」
「それに……これ」
リーダーがゴブリンの死体に付着する灰色の毛をつまみ上げる。
「どう見てもグレイウルフの毛ですねぇ……」
「何故こんなところにあると思う?」
「ちょっとしかないんだったらゴブリンがグレイウルフの死体を拾って持ち帰ったのかと思ったんすけど……こんなに至る所にあるんじゃ違うっすよね」
「ええ。これじゃまるで、グレイウルフがゴブリンを襲ったみたい」
「んなわけないでしょ。グレイウルフはゴブリンの臭いを嫌って近づきませんし、ゴブリンはグレイウルフを怖がって近づくことすらしませんよ」
「でも、この死体と現場の状態は、グレイウルフの群れがゴブリン達を襲ったって感じがしない?」
「まあ、そうっすねぇ……」
ゴブリンの死体には、獣に噛まれたような跡や鋭い爪で裂かれたような傷があった。
そして、ゴブリンの死体と共に、灰色の毛が散乱していた。
「しかしねぇ、仮にそうだとして、なんでグレイウルフがゴブリンを襲うんです? しかも、こんなにタイミングよく」
男は再び頭を掻き毟った。
ボサボサの髪がよりモッサリとして、巨大な毛玉のようになっていた。
「……グレイウルフにゴブリン達を襲わせたんじゃないかしら?」
「は!? 襲わせたって、誰かがグレイウルフを操ったって言うんっすか?」
「現場を見ると、そうとしか思えないじゃない」
「それは有り得ませんよ、リーダー」
洞窟の奥の方から、ローブを着たエルフの少女と斧を持った背の低いドワーフの男性が現れた。
「魔物を操れるのは魔族だけ。その魔族は10年前に滅んでいます。誰かがグレイウルフを操ったのだとしたら大問題ですよ」
「エルフの嬢ちゃんの言う通り。そりゃあつまり、魔族の生き残りがいるってことだからな」
「お、姫さんにおやっさん。そっちの調査は終わったんっすか?」
「姫って言わないで。そのよく燃えそうな頭に火をつけて松明にしますよ?」
ローブの少女は杖の先に火を灯した。
それを見た斥候の男はわざとらしく身震いする。
「おお、怖怖。相変わらず怒りっぽいっすねぇ」
「それで、調査の結果は?」
「それがなぁ、とっても面白いもんがあったぞ。ほら、これこれ」
ドワーフの男性が、文字の書かれた何かの欠片をリーダーに差し出した。
「何これ?」
「奥に散らばってたんだ。恐らく何かの装置の破片だな」
「何かの装置?」
「……そこに書かれている文字は魔族が使っていた魔法文字です」
エルフの少女がそう言った瞬間、訝しげに破片を見ていたリーダーの動きが止まった。
「……それって」
「はい。この装置は魔族が作ったものとみて間違いないでしょう」
リーダーが兜の下で深いため息をつく。
「まさか、ここは魔族の実験施設かなんかだったってこと?」
「可能性は十分にあるかと」
「こりゃとんでもないもん見つけちまったな、リーダー?」
「ここぞとばかりにそう呼ぶのは止めてよ」
ニヤニヤ顔のドワーフの男性とは対照的に、エルフの少女は険しい表情をしていた。
「詳しく調べてみないとわかりませんが、この装置に書かれている文字は『ゴブリン』『生み出す』『無限』です。恐らくですが、この装置は魔力が供給される限りゴブリンを生み出し続ける代物だったのでしょう」
「うげぇ、地味に厄介なヤツっすね」
「地味に、じゃないわ。村にとっては大きな問題よ」
リーダーはゴブリンが村に与える影響をよく知っていた。
長年冒険者をやってきた彼女は、ゴブリンが村を襲い、壊滅させた様を幾度となく見たことがあるからだ。
「ギルドに帰ったら報告しなくちゃね。ところで、その装置は壊したの?」
「まさか。俺達が見つけた時には既にバラバラだったぜ」
「引っかき傷が複数あり、灰色の毛も落ちていました」
「え、それってつまり、グレイウルフがその装置を壊したってことっすよね?」
「……まあ、そういうことになりますね」
エルフの少女が歯切れ悪く言った。
自分が否定した説を認めざるを得ない物的証拠が出てきてしまったからだ。
「グレイウルフが装置を意図的に壊すなんて有り得るんっすか?」
「普通はありえません。ゴブリンを殺して回っている最中に偶発的に壊されたと考えるのが自然でしょう」
「じゃあなんでグレイウルフはゴブリンを殺して回っていたんっすか?」
「それは……」
エルフの少女が口を噤む。
その理由を説明しようにも、「グレイウルフが操られていた」という仮説以上に納得できる理由が、彼女には思いつかなかった。
「……私達が考えてたって埒が明かないでしょう。私達が頼まれたのはここの調査であって、何が起きたのかを判断して対処を決めるのは上よ。この調査結果を持ち帰って、判断を仰ぎましょう」
思考を放棄したと捉えられそうな発言だが、事実彼女達がここでどのような結論に至っても、上層部と異なれば向こうの判断に従わざるを得ないのだ。
ここで不毛な議論をしていても時間の無駄というものだろう。
「そうっすねぇ。じゃ、調査も終わったんですし、さっさと帰りますか」
「ほら、エルフの嬢ちゃん。学者肌のアンタのことだから言いたいことがあるのはわかるが、そういうのはお偉いさんに任せるか、帰ってから悩みな」
「……そうですね。ここに残って1人で考えても良い考えは浮かばないでしょう。専門家の意見も混じえて検討しなければ」
各々が出口へと向かう中、リーダーは壁に残った傷跡に気づいた。
「これは……」
「どうかしましたか、リーダー」
「ねえ、これって何の傷だと思う?」
「これですか? ……グレイウルフの爪ではなさそうですね。恐らく、剣などの鋭利な物で切りつけた跡ではないでしょうか」
「これ、『風刃』で付けられた傷っていう可能性はない?」
「え? ええ、言われてみるとその可能性も考えられますね」
リーダーは壁の傷跡をそっと撫でた。
その顔は面頬で覆われていて、窺い知ることはできない。
「ここが1番大きいけれど、他にも細かい傷がたくさんついてる」
「確かに。誰かが『風刃』で付けた傷だとしたら、その人物は余程自分の魔力の多さに自信があるのでしょう。そうでなければ、壁に当たるほど乱暴に放ったりしないでしょうから」
その言葉を聞いた瞬間、リーダーは兜の奥でフッと笑った。
「……姉貴に『魔法は精度が大事』って散々言われてきたくせに、大事なところでできなきゃ世話ないわね」
「はい?」
「なんでもないわ。こっちの話よ」
「あっ、待ってください、リーダー!」
不思議そうに首を傾げるエルフの少女を置いて、リーダーは歩き出す。
「生きてたのね……ハルタ」
顔が見えずとも、彼女の呟きから喜色を顕にしていることは容易に想像できた。
「姉貴に報告しないと」
「? ええ、ギルド長不在の今、副ギルド長に報告しないといけませんね」
追い付いたエルフの少女がそう言うと、リーダーは少女の頭をポンポンする。
「な、なんですか?」
「いいえ。あなたも良い冒険者になりそうだと思って」
「えっ。あ、ありがとうございます……」
突然の言葉に耳まで真っ赤にするエルフの少女を見て、リーダーは別の少年のことを思い出していた。彼も、少女と同じようにちょっと褒められるだけで照れ笑いをするような子だった。
その頃を懐かしみ、彼に再び会えることを楽しみにしながら、リーダーは洞窟を後にしていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます
第2章は書き溜めをしてからの更新になりますので遅くなります
来年もどうぞよろしくお願いします!