第2話 神官少女の過去
集まった私達は、そのまま目的の村へとやってきました。
依頼を出していた村は冒険者ギルドがある町に程近く、歩いてやってきても日が沈むまでにはまだまだ時間があります。
「ゴブリンが目撃されたのは村の裏手にある森だったわね」
「よし! それじゃあ今から森に行こう!」
私はギョッとしてカイさんを見ます。
村の裏手にある森はなかなかの広さがあり、闇雲に探すと日が暮れてしまうでしょう。
レオタさんもそう思ったのか、困ったような顔で口を開きました。
「今から行くのか? 村人達に聞き込みをしてからの方が良いと思うが」
「聞き込みをしている間に被害が出たら大変だろ?」
「だが、森にゴブリンの他にも魔物が出るかもしれないだろう。闇雲に探せば余計な戦闘をする羽目になるぞ」
心無しかレオタさんの語気が強くなっていました。
それにムッとしたセーナさんが、噛み付くように口を開きます。
「早速リーダーに楯突こうっての? これだから1人で旅してた奴はダメね。きっと、団体行動を取れなかったからずっと1人だったんじゃない?」
「ちょっとセーナさん! いくら何でも失礼過ぎます!」
私がセーナさんを怒ろうとすると、レオタさんに片手で制されました。
「ありがとう、リリー殿。だが、これは私にも非がある。リーダーの決定に楯突くつもりは無いが、そう聞こえてしまったのだろう。それに、団体行動が取れなかったというのもあながち間違いではないからな」
自嘲気味にそう言われ、言葉が出てこなくなりました。
セーナさんもそうだったのか、押し黙ってしまいます。
「……冷静に考えると、レオタさんの言う通りかもしれない。他の魔物に襲われているときにゴブリンの群れに来られたら、いくら奴らが弱くても苦戦を強いられるかもしれない」
その時、カイさんが口を開きました。
案外まともな思考もお持ちのようです。ちょっと見直しました。
「レオタさん、助言ありがとう。早速だけど、聞き込みするメンバーを決めようか。全員で行くと怖がられそうだからね」
メンバーはあっさり決まりました。
レオタさんが自分は聞き込みには向かないから森の入り口で見張りをすると申し出たからです。
「確かに、そんな大きな武器を背負っていると怯えられそうだ」
カイさんがレオタさんの背にある剣を指さします。
出会った時はマントに隠れてよく見えませんでしたが、レオタさんは大剣を背負っていました。
大剣といってもレオタさんの身長の半分ほどの大きさなのですが、レオタさん自身も私より頭2つ分くらい背が高いので、一般の方からしたら恐ろしいでしょう。
「じゃあ、カイと私は聞き込みに行くわ!」
「私も……カイ様に着いていきます」
そして、カイさん達が聞き込みに行くことになりました。
私はというと。
「では、私もレオタさんと見張りをします」
「……別に、彼らと一緒に聞き込みに行っても構わないが」
「もし森から魔物が出てきたら、レオタさん一人だと抑えるので精一杯になるかもしれないでしょう? 私がいれば皆さんにすぐ伝えに行けます」
「しかし」
「それに、私、レベルは低いですが回復魔法を使えます。レオタさんの身に何かあったときに助けられますよ?」
それでも何か言いたげなレオタさんを遮るように、カイさんが言いました。
「ああ、確かにセフィーリアなら適任だろう。じゃあ、レオタさん、セフィーリア。ここの守りは任せた!」
カイさんは他2人を連れて、村の中へと入っていきました。
レオタさんが困ったような顔で私を見ます。
「……良かったのか?」
「何がですか?」
「彼と共に行かなくて」
……ああ、やっぱり勘違いされてしまいましたか。
「言っておきますけど、私、たまたま誘われただけでカイさんのこと何とも思ってないですから」
「そうなのか?」
「はい。むしろ嫌いですし」
私はレオタさんに彼らの愚痴を言いました。
それはもう、自分でも驚いてしまうくらいスラスラ出てきました。
「――それで、彼女達がカイさんにベタ惚れなせいで私までカイさんに惚れていると思われそうで嫌なんです! もうこのクエストが終わったら抜けようかと思ってて!」
「……リリー殿。そのくらいにしておいた方がいい。この後彼らと実戦に当たるんだ。あまり彼らの悪い点ばかり思い出していると連携が取れなくなるぞ」
その言葉に、私はハッとしました。
レオタさんの言う通り、悪いところばかり思い出すと彼らが怪我をした時に「治したくないな」と思ってしまって対応が遅れてしまうかもしれません。
魔物との戦闘ではそういった遅れが命取りになりかねません。
それに、パーティメンバーの治療を嫌がるだなんて、冒険者としても、神官としても失格です。
「仰る通りです……。悪い点に最初に気がつくと、あとはもう悪い点しか見えなくなっていました。これからは彼らの良い点を見つけて、このパーティのサポート役としてしっかり働けるよう頑張ります!」
私がそう宣言すると、レオタさんがわずかに口角を上げました。
笑っている……のでしょうか?
「リリー殿は素直な方だ。それに、冒険者の何たるかをわかっている。君のような人が1人でもいればパーティは安定するだろう」
今まで冷たく突き放すような声音でしたが、今の声は温かさを感じる優しいものでした。
そのせいか、心の底からの褒め言葉に思えてしまい、私の顔が熱くなりました。
「いえ、私なんて……レオタさんがいなければ何も言えずにカイさんの指示に従っていたと思います」
「いや、きっと君もちゃんと悪い点を指摘していただろう。もしかすると、私が言うより君が言っていた方が彼らも素直に聞いてくれたかもしれないな」
「ど、どうでしょうか……」
レオタさんにべた褒めされて、こちらの方が恥ずかしくなってきました。
これ以上話を続けるともっと恥ずかしい思いをしそうだったので、私は咄嗟に話を変えることにしました。
「そ、そういえば、何故レオタさんはずっと御一人で旅をなさっていたのですか?」
そう切り出した途端、レオタさんの顔から表情が消えます。
「……別に大した理由はない。ただ、世界を見てまわりたかっただけだ」
レオタさんの声が元の冷たいものに戻ってしまいました。
どうやら聞いて欲しくないことを聞いてしまったみたいです。
「そ、そうなんですね。では、冒険者になった理由は?」
「自己紹介の時にも言ったが、所持金が少なくなってしまったからだ。後は、町に入るのに身分証明書がなければ金を取られるから、というのが理由だろうか」
「冒険者のプレートを持っていれば身分証明書が無くても出入りできますものね」
冒険者が持つプレートには本人が書いた名前がそのまま写し書きされています。
世界各国の町にある検問所では、プレートの持ち主に名前を書かせ、その書かせた字とプレートの字がどのくらい類似しているのかを調べて本人確認を行っています。
その類似点を調べるのに魔法を使っているのでかなり正確で、プレートを悪用しようとしてもあっさり見抜けるようになりました。
それ故に、冒険者プレートは身分証明書代わりになっています。
「君は何故冒険者になったんだ?」
「私は昔出会った方に影響を受けたからです」
私はレオタさんに、昔の思い出を語りました。
――あれは、私が6歳になったばかりの頃。
私は小さな村に住むただの幼子でした。
7歳になると近くの町にある教会へ行き、自分が持つスキルや魔力、魔力の属性を調べるのですが、6歳の私はまだそれを受けられなかったため、自分の能力を知りませんでした。
その頃、隣村が魔族が使役する魔物達によって壊滅させられるという出来事が起こりました。
今まで小さな村が襲われることはなかったため、私の村を含む周辺の村は恐怖に包まれました。
村の男達が交代で見張りをしていましたが、まともに戦える者がいないこの村では避難するか、隠れてやり過ごすかしかできません。
逃げるにしてもどこに行けばいいのか、隠れても魔物の嗅覚では簡単に見つかってしまうのではないか。
そんな不安ばかりが村中に広がり、子供だった私も毎日怯えていたのを覚えています。
ある日、村に急遽作られた見張り台から、若い男の人が叫びました。
「ま、魔物だぁ!」
その直後、地響きのような音が村に近づいてきました。
それは、魔物の大群の足音でした。
村から逃げようとしても時すでに遅く、魔物は村を囲う柵を突き破って中に入ってきてしまいました。
私は他の子供達と数人の女性達と一緒に集会所に作られた地下壕へと逃げ込みました。
外の様子は全くわかりません。けれど、皆で息を殺して潜んでいると、時折かすかに悲鳴が聞こえてきました。
一体誰が、どんなふうに殺されてしまったのか……それを想像して泣きそうになるのを堪えていた時です。
バキバキバキバキッ!
すぐ近くで、そんな音がしました。
私はこの地下壕の入口にある木の扉が壊された音だと思いました。
何者かの足音がゆっくりと近づいてきます。
大人達が私達を庇うように前に出ました。
灯りを消し、真っ暗になった地下壕に、低い唸り声を上げながら赤い光がやって来ました。
最初2つしかなかったそれは数を増やし、地下壕内を埋め尽くさんばかりになりました。
姿は見えませんでしたが、獣型の魔物だったのでしょう。獣特有の臭いと鉄錆のような臭いに私は気持ち悪くなりました。
大人達が私達を逃がすべく隙を作ろうと魔物に近づく気配を感じました。
短い吠え声が聞こえたかと思うと、次の瞬間甲高い悲鳴が上がります。
誰かの「逃げて!」という声に、私は他の子供達と明かりのない中で出口を探しました。
しかし、地下壕の出入口は1ヶ所のみ。その出入口付近に魔物がいたため、全く近づくことができませんでした。
武器も無い中、地下壕にいた女性達は懸命に私達を守ってくれました。ですが、戦ったことのない非力な女性が魔物相手に適うはずもなく、あっという間に彼女達の声がしなくなりました。
遂に、魔物達の目が私達に向きました。
奴らはすぐに襲いかからず、舌舐めずりをする音が聞こえました。
実際、奴らにとっては格好の獲物だったでしょう。
抵抗したところであっさり食べられてしまうのは幼い私にもわかっていました。
けれども、私は他の子供達を庇うよう魔物達の前に出ました。
それは、この中で1番上のお姉ちゃんだったから、という理由でした。
どんなに絶望的でも守らなければ、という思いが私を支配していたのでしょう。
ジリジリと赤い光が近づき、奴らの息が顔にかかるまで距離を詰められたとき。
急に、視界が真っ白になりました。
余りの眩しさに私は目を瞑ります。
その間、魔物達の悲鳴にも聞こえる鳴き声が地下壕に響いていました。
目が明るさに慣れ、私は恐る恐る目を開けました。
「――大丈夫?」
そこには、光に照らされた男性がいました。
よく見れば、彼の背後に光の玉が浮かんでおり、それが地下壕内を照らしています。
そして、彼の足元には、狼のような魔物の遺体が夥しい数転がっていました。
その後のことはよく覚えていません。
辛うじて覚えているのは、男性に連れられて外に出た時に広がっていた廃村のようになってしまった村と、魔物がいなくなった後村人達の遺体を1ヶ所に集めたことくらいでしょうか。
村の被害は大きく、建物は全て壊され、地下壕にいた子供以外の生き残りは大人数名のみ。しかも、生き残った大人達も身体の一部を失う重傷を負っていました。
生き残りの中に、私の両親はいませんでした。
私を助けてくれた男性が勇者様だと知ったのは、村人達の遺体を埋め終わり、祈りを捧げた直後でした。
大人達に「勇者様」と呼ばれた彼は、悲痛な面持ちで私達に頭を下げてきました。
「本当に申し訳ございません! 俺がもっと早く来ていればこんなに被害が出ることは無かったのに……!」
私は、何故勇者様が頭を下げているのかわかりませんでした。
勇者様がいらっしゃらなければ私を含め生き残っている人達は皆死んでいたでしょう。
両親の死は幼い私にとって受け入れ難いものでしたが、それでも勇者様が助けて下さらなければ自分は今ここにいなかっただろうことくらい理解できました。
だから、私は勇者様に言いました。
「勇者様、助けてくれてありがとうございます!」
勇者様は顔を上げ、驚いた表情をしていました。
「私、勇者様のように人を助けられる大人になります!」
私がそう言うと、周りにいた大人達も勇者様に感謝を述べました。
皆、大切な人を失ってしまいましたが、それは勇者様のせいではありません。だから、誰も勇者様を責めたりしませんでした。
しかし、勇者様はそれでも私達に頭を下げ続けました。
今思うと、勇者様はそれ以前にも助けに入ったけれど間に合わずに被害を出してしまったことがあったのでしょう。
自ら率先して埋葬を手伝ってくださるようなお優しい方でしたから、そのことをずっと後悔していらしたのかもしれません。
それでも私にとっては命の恩人で、その心優しいところも含め全てが尊敬できる方でした。
「……私はその後、近くの町にある孤児院に引き取られました。そして、7歳になった時、自分が生まれつき聖属性持ちであることを知りました」
聖属性の魔力は神への信仰心によって後天的に授かることがありますが、稀に生まれつき授かっている人もいます。
私はその1人でした。
「それで、神官を目指したのか」
「はい。生まれつき聖属性持ちだったのは、神が困っている人を救いたいという願いを叶えて下さったからだと思っています」
後天的に授かることもあるとはいえ、それには時間を要します。具体的な条件はわかっていませんから、一生得ることができない人もいます。
先天的に聖属性の魔力を持っているということは後天的に得ようとする人より早く聖属性魔法や回復魔法を学べるため、優秀な神官になりやすいというメリットがあります。
もちろん、後天的に授かった人でも優秀な神官はいますから、一概に先天的な方が優れているとは言えないのですが。
それでも私にとっては早くから魔法を学べる――つまり、早くから独り立ちしてより多くの人を救えるというのは大きなメリットでした。
「魔族の脅威と共に勇者様はいなくなられてしまいましたが、魔物は未だ人々の脅威です。勇者様に代わって……なんて言えるほどではありませんが、私は多くの人を救いたいのです」
……ちょっと語りすぎましたかね?
レオタさんからの反応がなく、不安になって彼の顔を見ました。
彼は、酷く申し訳なさそうな顔をしていました。
「…………勇者は、君に尊敬されるような人間ではない」
「え? 今何か」
仰いましたか、と言おうとしたところで、村の方から私達を呼ぶ声がしました。
「おーい、2人とも! 何も起きなかったか?」
私達を呼んだのは聞き込みから戻ってきたカイさん達でした。
「はい、特に何も。カイさん達はどうでしたか?」
「ああ、どうやらゴブリンは森の西側でよく目撃されているらしい」
「……崖のある方か」
レオタさんの言葉に西側を見れば、確かに奥の方に崖が見えます。
「まだ日暮れ前だし、目撃されたのも3匹程度みたいだからチャチャッと倒しに行こう!」
カイさんが森の中に入って行ってしまったので、私達もその後に続きました。
レオタさんはしばらく考え込んでいましたが、特に何か言ってくることはなく、私達と一緒にカイさんを追いました。