第1話 神官の少女と新人冒険者
「はぁ……」
私は周りにいる人達にバレないように小さくため息をつきました。
私――セフィーリア・リリーは新人の神官です。困っている人々を助けるために旅に出るのが夢なのですが、それには実力がまだ足りないと思い、今は冒険者として活動しています。
神官という職業は冒険者パーティには引く手数多のようで、私は特定のパーティを組まず、色んなパーティに参加しました。
今回も神官を募集していたパーティに参加したのですが……。
「ゴブリンなんて俺にかかれば一瞬だよ」
「さすが、カイ! 英雄になる人は違うわ!」
「カイ様素敵……!」
……何なんでしょうか、このパーティ。
リーダーのカイさん以外は私を含め全員女性、しかも他の女性2人はカイさんにゾッコンという、いわゆるハーレムパーティというやつですね。
別に私はカイさんに気があるわけではなく、以前入っていたパーティを抜けたばかりの時にたまたま誘われたので参加しただけなのですが、傍から見たら私もカイさんに惚れていると思われていそうです。
風評被害が甚だしいですよ、全く。
「……それで、このパーティメンバーでゴブリンの討伐に行くのですか?」
「そうさ! 本当は僕達3人で行くつもりだったんだけど、ゴブリン討伐の最低人数がEランクだと4人なんだ。セフィーリアが入ってくれて本当に助かったよ」
いきなり呼び捨てですか。
怒りっぽくないはずなのですが、如何せん、カイさんはいけ好かない感じがしてイラッとしてしまいますね。
「ですが、このパーティだと少々バランスが悪くありませんか? 前衛1人に後衛3人だなんて……」
前衛は剣士であるカイさん1人。カイさんの幼なじみだという赤髪の女性――セーナさんは弓手、もう1人のフードの女性はアニスさんという魔術師です。私は神官ですから、女性陣は全員後衛となります。
壁役となる前衛は2人いる方が良いと、冒険初心者向けの講習会でも言っていたと思うのですが。
「何よ、カイの決定に文句つけるつもり? あんたが1人でいるのが可哀想だから引き入れてあげたのに、何様のつもりなの?」
別に引き入れて欲しいとは言っていません。むしろ、貴方達に誘われなくても、神官ならすぐにパーティに入れてもらえます。
やはり、こんなパーティに参加してはいけなかったですね。早く1人前になりたいからと焦ってしまった罰でしょうか。
「まあまあ、セーナ。落ち着いて。セフィーリアの言うことも一理ある。確かに俺達のパーティはバランスが悪い。でも、もう1人仲間を探すことに時間を割くより、早くゴブリンを倒して村人達の安全を確保してあげる方がいいんじゃないかな?」
「そうよ! 村の人達にとってゴブリンは厄介な魔物なの。早く倒してあげないと!」
彼らの言う通り、ゴブリンは村に住む人達から最も嫌われている魔物です。
家畜を狙うばかりでなく、繁殖目的で人間の女性を狙って誘拐しようとするからです。
しかし、ゴブリン1匹だけなら子供でも倒せるほど弱いとされていますが、集団行動をとり、姑息な手を使うため、戦闘においては極めて厄介な敵です。
私達は冒険者の中で1番低いランクであるEランク。
私もこれまでいくつかのパーティに参加しましたが、ゴブリンとの戦闘は初めてです。彼らも恐らくそうでしょう。
念には念を入れ、万全を期すに越したことはないと思うのです。
ですが、今はお昼前の中途半端な時間帯。冒険者の皆さんはクエストに出ていてギルドにほとんどいません。いる人達も、既にパーティを組んでいる方だけのようです。
うう、このままでは言われの無い噂を立てられてしまいます。
あ、もしかすると、正式にパーティに入らないかと強引に勧誘されてしまうのでは!?
でも、誰でもいいからパーティに入ってくれれば、その人を言いくるめてその人とパーティを組むことにして抜けられるかも!
誰か、野良冒険者の方とか、新規登録の方でもいいので入ってくださいー!!
――ガチャ。チリンチリン。
その時、冒険者ギルドの扉が開きました。
入ってきたのは1人の男性。
歳は私より少し上くらいでしょうか?
紫色の髪に赤紫色の瞳をした整った顔立ちの方です。しかし、着ているマントはボロボロで、鎧も細かい傷が付いています。
冒険者の方でしょうか……?
でも、私はお見かけしたことがありませんね。
その方は物凄くイケメン、というわけではありません。街中を歩いていてちょっとカッコイイなと思う程度です。
それなのに、何故か、あの男性から目が離せません。
纏っている雰囲気のせいでしょうか?
顔に表情は無く、かといって緊張しているような感じでもなく、歳不相応な憂いを帯びている気がします。
「……冒険者登録をしたいのだが」
声は若いです。でも、口調が何となく偉そうというか、あまり若者っぽくないですね。
「……あの?」
「ひゃい!? す、すみません。冒険者登録ですね。こちらの書類にご記入をお願いします」
色んな冒険者の方を見てきたであろう受付嬢さんも見とれてしまっていたようです。
普段の彼女は仕事中にボーッとすることはないのに、今は慌てて対応していらっしゃいます。
「ああ、文字の読み書きは可能ですか? 必要でしたら無償で代筆、代読可能ですよ」
冷静を装っていますが、普段なら書類を渡す前に聞いている内容を渡した後に聞いてしまっているあたり、内心はかなり慌てていますね。
「必要ない」
男性はサラサラと記入していきます。
その姿勢は美しく、とても品がありました。
文字の読み書きも全く問題ないようですし、彼は貴族なのでしょうか?
それにしては装備が安っぽい上に使い込まれてボロボロですが。
……もしかすると、元貴族の方なのかもしれません。
「……できたぞ」
「あ、はい。では、確認させていただきますね」
男性は少しだけ何か書いた後、直ぐに受付嬢さんに書類を渡しました。
記入欄は結構あったはずですが、どうやら彼は必要最低限の項目だけ記入したようです。
「確かに確認しました。それでは、こちらのプレートをお受け取りください」
プレートは、冒険者の名前およびランクを表すものです。
冒険者ギルドは、冒険者の実力に合わせてクエストが受けられるようにランク付けがされています。
最初はEから始まり、クエストの達成率などでD、C、B、Aと上がっていきます。
そのランクをEなら白磁、Dなら鉄、Cなら銅、Bなら銀、Aなら金とプレートに使う素材で表しています。
ちなみに、Aランクの更に上にSランクも存在しているのですが、そのランクを得たのは今のところ勇者様だけです。
なんでも勇者様のためだけに作られたランクらしく、プレートの素材もアダマンタイトという非常に珍しい鉱石を使っていたそうです。
「白磁……か。これが普通なのだな」
しげしげとプレートを眺めていた男性は、ポツリと呟いた。
「え?」
「いや、何でもない。早速だが、もう依頼は受けられるのだろうか?」
「は、はい。あちらの掲示板にあるEランクの方向けの依頼であれば受けられますよ」
受付嬢さんが指さしたのはクエスト募集の掲示板です。
規定ランクはバラバラ、内容も討伐や採集など様々なクエストが貼られています。
「ありがとう」
少々ぶっきらぼうにお礼を言った男性は、掲示板に近づいていきます。
「……よし、あの人を誘おう!」
その声に、現実に引き戻されたような感覚を覚えました。
声の主であるカイさんを見れば、他のメンバーの了承を得るより先に男性を誘いに行っています。
普段であれば他の方の意見も聞きましょうと止めているところなのですが、私個人として早く誰でもいいから入って欲しかったので特に止めませんでした。
意外だったのは、セーナさん達もカイさんを止めなかったことです。
そういえば、私が誘われた時も止めたりしなかったのでしょうか?
もしかして、彼女達はカイさんの決定に無条件で従うのでしょうか?
それはそれでパーティとしては問題がありますね。リーダーが突っ走ってしまっても誰も止めないのなら、そのまま全滅するという可能性も考えられますし。
「――ていうわけなんだけど、どうかな?」
私が考え込んでいるうちに、カイさんは男性に一通りの説明を終えたようです。
男性を見れば、悩んでいる様子でした。
「ゴブリンの群れの退治か……。君達は初めてこのクエストに挑むのだろう?」
「確かに初めてだけど、大した敵じゃない。群れと言ってもどうせ2~3匹程度だよ」
男性が眉をひそめます。
カイさんが大したことないと言ったのが心配なのでしょう。
実際、そういった油断が命取りになりかねないのが冒険者です。そこら辺のこと、カイさんはわかっていないのでしょうか……。
「無理には誘わないが、クエスト報酬も討伐以外では大して貰えないんだ。そんな不味いクエストを受けるより、俺達のパーティに入ってゴブリン退治に行かない?」
報酬の話が出ると、男性は迷う素振りを見せました。
装備でも何となく察しがつきましたが、どうやらお金に困っていらっしゃるようです。
男性は少しの間考え込むと、小さく溜息をつきました。
「……わかった。君達のパーティに入ろう」
「ありがとう! じゃあ、これからパーティメンバーの紹介をするな!」
カイさんが男性を連れて私達の元に戻ってきます。その時、男性と目が合ったのですが……何故か驚かれて目を逸らされてしまいました。
私の知っている方だったのでしょうか?
私には見覚えはないのですが、どこかでお会いしたことがあったとしたら後で謝らなければいけませんね。
カイさんは簡単に私や他の2人を紹介し、男性に自己紹介を促します。
「……私は、レオタという。しばらく1人で旅をしていたのだが、路銀が尽きそうになったので冒険者登録をした」
「お1人で旅を? 危険ではありませんか?」
「無茶な行動をしなければ問題ない」
ずっと御1人で旅をしていたから、装備がボロボロだったのですね……。
「これからは団体行動になるんだから、1人で突っ走ったりしないでよ?」
「カイくんの言うこと、ちゃんと聞いてくださいね……」
セーナさんのみならず、普段は無口なアニスさんまでそんなことを言うとは思いもしませんでした。
男性――レオタさんに不信感を抱くのは構いませんが、それを表に出すのは失礼です。
「ちょっと、お2人共……」
「心配しないで欲しい。君達に迷惑がかかるような行為はしない」
私が彼女達を窘める前に、レオタさんが口を開きました。
大して気にしていない様子で淡々と言う様子は、私達に全く興味がないと暗に告げているみたいです。
「……そう。ならいいけど」
「……破ったら魔術で焼く」
アニスさんが怖いことを言っていますが、レオタさんは眉一つ動かしません。
「まあまあ、これから一緒に行動するんだからケンカしないでくれよ。レオタさんもゴメンな」
「警戒されるのも無理はない。私は気にしていない」
「そう言ってもらえると助かるよ」
その後、各自準備のために一旦別れ、昼食後に再び集まることになりました。
私はこのパーティに一抹の不安を抱えながらも少ない時間で出来る限りの準備をして、集合場所へと向かいました。