第0.5話 誰も知らない最期
勇者が「魔王の間」へとやってきて互いに名を述べると、すぐさま戦闘が始まった。
しかし、勇者と魔王が数回剣を交えただけで、良質な素材と魔法による強化を受けている魔王城の中でも更に頑丈に作られているはずの「魔王の間」が、傷つけられ、崩れ始めた。
それを見た勇者は後から城に突入した人族の兵士達を、魔王は未だ残って奮闘している魔族の部下達の身を案じた。
そこで、魔王が勇者に亜空間で戦おうと提案した。
魔王が有利になるような仕掛けをされるかもしれなかったが、後から来る人族の兵士達のことを考えると、了承するしかなかった。
彼らは戦いの場を魔王が作った亜空間へと移した。
魔王が作った亜空間は黒一色の広いだけの空間で、特殊な仕掛けは何も無かった。
魔王は、自らが有利になるような仕掛けを作らなかったのだ。
何故なら、魔王はずっと待ち望んでいたから。自らと同等か、それ以上の強者を。
目の前の勇者が自分と同等以上であることは数回剣を交えただけでわかった。
彼らの戦いは亜空間に移ってからより一層激しさを増した。
魔王が全力を出しても壊れなかった亜空間が攻撃の余波で揺れる。
だが、2人の目にはもはや互いの姿しか見えていなかった。
剣と剣が激しくぶつかり合い、常人では一生かかっても会得することができないと言われる極大魔法が何発も飛び交った。
一体、どれほどの時間戦っていたのか。何十時間も戦っていたかもしれないし、ほんの数分しか経っていなかったかもしれない。
しかし、遂に、彼らの戦いに決着がついた。
――彼らは同時に、互いの胸に剣を突き刺した。
勇者の聖剣は魔王の魔核――人で言えば心臓に当たる物――を貫き、魔王の魔剣は勇者の心臓を貫いた。
「これで……終わりだ、魔王……」
「貴様も終わりだぞ……勇者」
互いに口から血を吐きながら、自らの勝利を告げた。後は剣を抜き、相手にトドメを刺すだけ。
だが、両者ともトドメを刺すことができるほど力は残っておらず、それどころか相手の胸に突き刺さる剣を抜くことすらままならなかった。
亜空間にヒビが入る。魔王が作った亜空間は、彼の力が失われていくと同時に維持ができなくなっていた。
「……勇者よ」
「……なんだ、魔王」
もうお互いに、喋るのもやっとの状態だった。
だが、これだけは伝えねばならないと魔王は思った。
「そなたに……会えて、よかった。本当に……よ、かった」
魔王の赤い目から光が失われていく。
しかし、無表情だったその顔には、僅かながら笑みが浮かんでいた。
「……ああ、俺も、だよ。魔王……お前に会えて……うれしか……」
勇者の言葉はそこで途切れた。
彼の青い瞳は既に光を失い、ゆっくりと瞼が降りていく。それと同時に魔王も目を閉じた。
徐々に崩れていく亜空間で、彼らは共に息を引き取った。その顔は互いに憎しみあい、敵として戦った者同士とは思えぬほど安らかで、どこか嬉しそうだった。
それが、彼らの戦いの結末。
魔王が作った亜空間は誰にも干渉できない。神ですら干渉できない代物だった。
だから、彼らの最期を知る者は、神を含めても誰もいない。
誰も知ることができず、また誰にも語られるはずのない物語。
――では、何故それを「私」は知っている?