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第11話 変わらないもの

 真っ白に染まる視界の中で、私は誰かに肩を掴まれます。

 そして、斜め後ろへと引っ張られました。

 私がバランスを崩して尻もちをついた瞬間、「白銀の聖竜」様が放った白い光が目の前を横切りました。

 私の後ろにいた、レオタさんを巻き込んで。


「――レオタさん!」


 光が収束すると、そこにレオタさんの姿はありませんでした。

 レオタさんの後ろにあった扉は消し飛んで穴が開き、そこから外が見えています。


「……ほう。これを防ぐだけの力はあるか。だが、逃げなかったのが貴様の運の尽きだ!」


 「白銀の聖竜」様はそう言うと、その穴から外へ出ました。

 私も穴から出られれば良かったのですが、生憎ここは2階で、そんな場所から着地を決められるほど私の身体能力は高くありません。

 自分の能力値の低さを呪いながら、私はメイスを掴んで急いで外へ向かいました。

 穴が開いた方向――宿の裏手へ向かえば、大剣を杖のようにして立つレオタさんの姿が見えました。


「無様だな。力を奪っておきながら、それを扱いきれんとは」


 肩で息をするレオタさんを、「白銀の聖竜」様は嘲笑いました。


「さあ、その力をハルタに返せ」

「……勇者は、死んだ」

「死んだ? 貴様が殺したの間違いだろう!」


 「白銀の聖竜」様が叫ぶと、空気が震えました。


「だが、ハルタはきっと生きている。貴様ごときに倒される奴ではない。だから、早くその力を返せ!」

「……本当に、勇者は死んでいるんだ。魔王も勇者も、この世界にはもう存在しない」

「黙れ! 貴様の言い分など聞きたくもない。勇者の振りをして私を呼んだ貴様など、消し炭にした方がハルタが守った世のためだ!」


 レオタさんの顔が次第に歪んでいきます。

 それが怪我からなのか、「白銀の聖竜」様の言葉からなのかはわかりません。

 わかりませんが、その原因は全て「白銀の聖竜」様で……正直、目に余ります。


「――いい加減に、してください!」


 気がつけば、私はそう叫びながら「白銀の聖竜」様へメイスを振り上げていました。

 しかし、「白銀の聖竜」様はこちらを一瞥すると、煩わしそうにその白く美しい尾を振るいました。

 振るわれた、と気づいた時には私の身体に尾が直撃していました。


「セフィーリア!」


 レオタさんが私の名前を呼びます。

 吹き飛ばされた私は地面を転がりましたが、受け身を取っていたので怪我は大したことありません。

 「大丈夫です」と言いたかったのに、私は咳き込むだけで何も言えませんでした。


「……小娘か。あのまま逃げればよかったものを、わざわざ追いかけてきたのか?」


 冷たく言い放つ「白銀の聖竜」様を、私は睨みつけました。


「逃げるなんて、そんなことしません……!」


 何とか声を絞り出した私を、「白銀の聖竜」様は怪訝な目で見つめてきました。


「馬鹿な娘だ。自らの種族を滅ぼそうとでもしているのか?」

「レオタさんはそんなことしません!」

「わからんだろう? 貴様を騙しているのかもしれん」

「レオタさんは誠実な方です! それに……本当は、レオタさんが嘘をついていないことに貴女も気づいていますよね?」


 「白銀の聖竜」様が人の嘘を見抜けないとは思えませんでした。


「私達の嘘を、『白銀の聖竜』様が見抜けないわけがありませんよね? 本当は、勇者様がお亡くなりになられたのを信じられなくて、レオタさんを傷つけているのではありませんか?」

「だ、黙れ!」


 「白銀の聖竜」様が再び尾を振るいます。

 その直後、レオタさんが私のそばに駆け寄りました。


「……もうやめてくれ、アザミ」


 私を庇うように寄り添う彼の瞳は、勇者様と同じ色をしていました。

 声も、普段のレオタさんより高いような気がします。


「仮に俺達が人族にとっての悪者だとして、他の人族はそれを知らない。ここで俺達を傷つければ、君は人族を害した悪い竜として討伐されかねない。俺は、人族に君が殺されるのは嫌だ」

「は、ハルタ……?」


 震える声で勇者様の名前を呼ぶ「白銀の聖竜」様に、レオタさんはゆっくりと首を横に振りました。


「……いや、俺はハルタじゃない。ハルタの記憶を持った別人だ。本当は、君の名前を呼ぶことすらおこがましい化け物なんだ」


 そう言って、レオタさんは微笑みました。

 とても綺麗な笑顔なのに、酷く辛そうに見えて、私の胸が締め付けられます。


「だけど、それでも俺は君が傷つくところを見たくないんだ。俺と――ハルタと共に戦ってくれた君が守ろうとした人達に殺されるなんて、見たくないんだよ」


 レオタさんは一歩、足を前に踏み出しました。

 「白銀の聖竜」様はオロオロと狼狽えるばかりで、その場から動きません。


「アザミ。君が今でもハルタのことを想ってくれていて嬉しいよ。でも、彼はもういないんだ。君と契約した少年は、もうここにはいないんだよ」

「……だが、君は私の契約者だ!」


 「白銀の聖竜」様が悲痛な声で叫びます。

 それを聞いたレオタさんは、悲しそうに顔を歪めました。


「そうか。君は、契約に縛られているんだね。俺がこんなふうになっても、契約の力を使えたばかりに……」


 一歩ずつ前に進んでいたレオタさんは、遂に「白銀の聖竜」様の目と鼻の先に立ちました。


「ごめんな、アザミ。俺の身勝手なお願いに応じてくれたのに、それが結果として君を苦しめてしまった。もうこれ以上、君を縛り付けたくはない。だから……契約を、解除しよう」


 レオタさんはそっと「白銀の聖竜」様に手を伸ばして――彼女に触れる前に、それを下ろしました。


「……もう、触れてもくれないのだな」


 ポツリと、「白銀の聖竜」様が呟きます。


「今の俺に、君に触れる資格なんてないから」

「資格、か」

「ああ。今の俺は君より弱い。勇者や魔王の力を使えても、それは一時的なんだ。勇者の力を認めたから、君はそばにいてくれた。今の弱い俺が君に認められることなんてないだろうから」


 そう言って目を伏せるレオタさんを、「白銀の聖竜」様はじっと見つめました。

 それは、先程までの怒りに満ちたものではなく、優しく穏やかなものでした。


「そんなことは私に聞いてみなければわからんだろうに……本当に、君という奴は自分勝手だな」

「……ごめん」

「何も君を責めているわけではない。それに、君は自分をハルタではないと言ったが、私は君がそんなにも変わってしまったとは思わない」


 その言葉に、レオタさんは一瞬目を見開きました。

 しかし、彼はゆっくりと目を閉じました。


「――これでもか?」


 先程までとはうってかわり、一段と低い声をレオタさんは発しました。

 開かれた瞳は、真っ赤に輝いています。

 「白銀の聖竜」様はその瞳を見つめ――そして、微笑みました。


「……やはり、何も変わってはいない。君は今も昔も、他者から拒絶されるのを恐れている。今そうやって見せたのも、勇者ではないことで私から拒絶されるのを恐れたからだろう?」

「だが、私は勇者と魔王が混ざった何かだ。勇者であり勇者ではない、そんな化け物だ」

「ふふ……まだそんなことを言うとは。君は、今も昔も化け物ではないよ」


 「白銀の聖竜」様は一歩後ろに下がり、レオタさんに頭を下げました。


「先程までの行為を詫びよう。私は一度、君を拒絶してしまった。だが、姿形もその力の有り様までもが変わってしまっていても、君はハルタだ。それがわかった以上、私が君を拒むことなどない」

「……私は、自分が勇者だとは思っていない」

「君がそう思うのであればそれでも構わない。私が勝手に、君のことをハルタだと思って接するだけだからな」


 「白銀の聖竜」様はニヤリと笑いました。

 その顔からは、もう私達を敵視しているようには見えませんでした。


「君は自分が強いから認められたと言ったな。確かに、最初はそうだった。だが、共に旅をするうちに、私は君という人間に惹かれていった。だからこそ、ハルタが死んだと言われた時は信じられずに君達を傷つけてしまった」

「『白銀の聖竜』様……」

「娘よ、そなたにも酷いことをしてしまった。本来であれば感謝すべき相手だと言うのに……本当に申し訳なかった」


 そう言って「白銀の聖竜」様が私に向かって頭を下げられたので、私は慌ててしまいました。


「そ、そんな、お気になさらず! 誰だっていきなり親しい人が亡くなったと聞いたら信じられないですから!」

「優しいな。仕返しするなりなんなりしても構わんのだぞ?」

「そそ、そんなことできるわけがございません!」


 そんなことした瞬間に私が全人族の敵になっちゃいますよ!

 それに……。


「レオタさんの大切な方をそんな理由で傷つけるなんて、私にはできませんよ」


 先程は止めるために思わずメイスを振るってしまいましたが、それはあの時はああでもしなければ止まってくださらないだろうと思ったからです。

 もし他にも方法があったのなら、私はそちらを選択したでしょう。

 ……もっとも、あの時は頭に血が上っていたのでかなり荒っぽい手段になってしまったことは否めませんが。


「……ふふ、面白い娘だ。良い()()を持ったな、ハルタ」


 驚いたように見開かれたレオタさんの瞳は、普段の赤紫色に戻っていました。


「レオタさんの仲間だなんておこがましいです! 私はただついていっているだけの女なので!」

「リリー殿、そんなことは……」

「そうなのか? では、君の旅についていく存在が1つ増えても大差ないな」


 ニッコリと微笑む「白銀の聖竜」様を、レオタさんは戸惑いを顕にして見つめていました。


「言っている意味がわからないか? つまり、私も君達の旅に同行したいと言っているのだ」

「なっ!?」

「ハルタと出会ってからというもの、元の山に引きこもっていてもつまらなく感じてしまってな。それならば君達について行った方が楽しそうだ」

「だ、だが、君を連れているところを見られたら、勇者がまだ生きていると思われてしまう。それに、君の姿を知らない人もいる。ワイバーンと勘違いされて攻撃されるかもしれない」

「確かに、私はこれ以上小さくなることもできないから、このままでは君達に余計な負担をかけてしまうだろう。だが、私はハルタとの旅でそれを既に学んでいる。故に、対策もしっかり考えてきているぞ」


 「白銀の聖竜」様が自信たっぷりに胸を張られた時でした。


「――な、何ですかこれは!?」


 宿の方から現れた弟さんが、口をあんぐりと開けて立っていました。

 何故ここに弟さんが、と思いましたが、私は「白銀の聖竜」様が開けた穴を思い出しました。

 ……宿、破壊しちゃってましたね。

 弟さんはその時の音を聞いて、ここにやってきたのでしょう。

 はっ! そもそも「白銀の聖竜」様の御姿を見られるのも不味いのでは!?


「聖竜様――」


 私は慌てて「白銀の聖竜」様の方を振り返りました。


「む? 何をそんなに慌てている?」


 そこにいた()()は、銀色の髪を揺らして小首を傾げました。

 あ、あれ、さっきまで「白銀の聖竜」様がいらっしゃったはずなのに……?


「娘は私が誰かわかっていないようだな。全く、さっきまで会話していたというのに」

「え、まさか、『白銀の聖竜』様ですか?」

「それ以外に誰がいるというのだ」


 その女性――「白銀の聖竜」様は、私達にいたずらっぽく微笑んでみせたのでした。

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