第10話 レオタとアザミ
「白銀の聖竜」様の言葉を聞いたレオタさんが、一瞬悲しそうに見えました。
ですが、次の瞬間には無表情になっていました。
出会ったばかりの頃のような、冷たい雰囲気のレオタさんは久しぶりに見たような気がします。
実際には出会ってからそれほど経っていないのに、もしかすると私が思っている以上に彼は私に心を開いてくれていたのかもしれません。
「……君にも、私が何者かはわからないのだな」
「白銀の聖竜」様はその言葉に不快感を顕にしました。
「私にだってわからないことくらいある。人族や魔族のことなど興味がないのでな」
「そうだったな」
「……その言い方、まるで私のことを知っているかのようだが?」
「ああ、知っている。君を呼んだのは私だ」
「何だと……?」
「白銀の聖竜」様はジロリとレオタさんを睨むと、首を傾げました。
「む……確かに、わずかにだが契約者――ハルタの力を感じるな。だが、嫌な魔力も混じっている……これは魔王のものか?」
流石というか、「白銀の聖竜」様にはレオタさんの魔力の違い(?)というものがわかるようです。
私は魔力感知もできないので、個人個人で魔力に違いがあるというのも知りませんでした。
「何故貴様がハルタの魔力を持っている? まさか、奪ったのか?」
「……いや、違う。私はかつて勇者だった。そして、魔王でもあった」
「何を言っている? ハルタと魔王は別の個体だ。そもそも、ハルタは人族で魔王は魔族。種族すら違うだろう」
「確かに、彼らは別々に存在していた。だが、私には彼ら二人分の記憶がある」
「二人分の記憶だと? ……怪しいな。貴様、本当はハルタから記憶と力を奪った魔王なのではないか?」
レオタさんの顔に表情はありません。
ですが、どこか悲しそうに見えました。
「……仮にそうであったとしたら、私の記憶とは異なるな。私の記憶では、勇者と魔王は相打ちだった」
「相打ち? 私よりも強かった彼がか?」
「そうだ。彼らは共に亜空間で死んだ」
「嘘をつくな!」
「白銀の聖竜」様が叫ぶと、思わず吹き飛ばされそうな圧を感じました。
怒りを顕にした「白銀の聖竜」様は、顔を上げられないほどの威圧感がありました。
そんな中でも、レオタさんは「白銀の聖竜」様を正面から見据えていました。
「嘘ではない。私の記憶では勇者も魔王も死んでいるはずだ」
「では、お前は何だ? ハルタの力も魔王の力も持っているお前は、一体何だと言うのだ!?」
「……君にもわからないことが、私にわかるわけがない」
「はっ! とぼけるのも大概にしろ。自分のことなのにわからんわけがない。適当なことを言って私を説得しようとしても無駄だぞ」
怒っている「白銀の聖竜」様は、レオタさんの言葉を信じようとはしませんでした。
私は言い返したかったのですが、「白銀の聖竜」様からの威圧感に気圧されて口を開くことすらままなりません。
平然としているレオタさんはやはり凄いです。
「信じる信じないは君の勝手だ。だが、今日のところは帰ってくれ。今の状態の君にいられるとリリー殿や他の人達が怯えてしまう」
「勝手に呼び出しておいてそれか。いや、それとも言い逃れをしようとしているのか?」
「……私は私が記憶している事実を述べたまでだ」
「事実だと? とてもじゃないが信じられんな。貴様は魔王で、ハルタの力を奪い、自らの種族を滅ぼした人族に復讐をしようとしているのではないか?」
「そんなことは……」
「どうやって彼の力を奪ったかは知らんが、その力は返してもらうぞ。拒絶するならば、実力行使だ!」
「白銀の聖竜」様が翼を広げました。
まさか、レオタさんを攻撃しようと……!?
「ま、待ってください!」
私は咄嗟に、レオタさんの前に出ました。
「何だ小娘。そいつは人族の敵だぞ」
「レオタさんは敵じゃありません! 自分のことをさらけ出してまで私のことを助けてくださいました!」
「お前の信頼を得るためかもしれんだろう」
「いいえ! レオタさんは心の底から私達を助けたいと思って助けてくださいました。例え誰に何と言われようと、私はレオタさんを信じます!」
全身がガタガタと震えますが、私は気合いでそれを抑えます。
私を見つめる「白銀の聖竜」様の視線が一層鋭くなったと思うと、底冷えするほど恐ろしい声を発しました。
「……そうか。ならば、貴様ら二人とも消し飛ばすのみ!」
「白銀の聖竜」様が口を開くと、そこに光の玉が形成されていきます。
「やめろ、アザミ!」
レオタさんの叫び声に、「白銀の聖竜」様がピクリと反応します。
「……その名を」
「え?」
一旦口を閉じた「白銀の聖竜」様が、全身を震わせながら何かを呟きました。
私は何故「白銀の聖竜」様が止まったのかわからず、目を瞬かせます。
「――その名を、貴様ごときが口にするなぁあああ!」
次の瞬間、先程よりも早い速度で「白銀の聖竜」様の口に光の玉が形成されました。
玉の大きさも先程とは比べものにならないくらいに大きく、この部屋はおろか、隣の建物も消し飛ばしてしまうのではないかと思いました。
そんなことを頭で冷静に考えていましたが、身体は反応できませんでした。
避けることもできず、ただ呆然と「白銀の聖竜」様の口から光の玉が放たれるのを見つめていました。
「セフィーリア!」
すぐ近くから慌てたようなレオタさんの声が聞こえて――私の視界は、真っ白になりました。