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第8話 勇者と「白銀の聖竜」

 港町メーアについて早々にクラーケン焼きを堪能してしまいましたが、しばらくはこの町に滞在する予定なので私とレオタさんは事前にとっていた宿に向かいました。


「ええっと、おばちゃんが言っていた宿屋はここら辺のはずなのですが……」


 前の町で私が借りていた宿屋のおばちゃんに「メーアで弟が宿屋をやっている」と聞いて、宿を借りたいと申し出たところ、おばちゃんはその弟さんに事前に連絡をしておいてくれました。

 おばちゃんから手書きの紹介状をもらい、今はその宿屋を探している最中です。


「……あれではないか?」


 レオタさんの瞳はいつの間にか元の赤紫色に戻っています。

 そんな彼が指さした先には、「猫の居眠り亭」と書かれた猫モチーフの看板がぶら下がっていました。


「あ、そうです!」


 私はそのお店の扉を開きました。

 入ってすぐの受付には、黒い毛の塊のようなものが置かれていました。

 クッションか何かでしょうか?

 すごくモフモフしていて気持ちよさそうですが、お店の方は見当たりません。


「すみませーん」


 私は店の奥の方にいらっしゃるのかと思い、声をかけました。


「……ううん? お客さんですかぁ~?」


 そんな声と共に、黒いモフモフが動きました。

 丸めていた身体を起こしたその方は、ズレたメガネを直して私達を見ました。


「おや、カップルさんでしたか。こちらには新婚旅行か何かでお越しですか?」

「ち、違います! 私達はおばちゃんからこちらを紹介されて来たんです」


 そう言って、黒いモフモフ――いえ、黒猫の獣人さんに紹介状を渡しました。


「ああ、姉さんの紹介ですか。お話は伺ってますよ……でも、ごめんなさい。実は元々二部屋キープしてたんですけど、昨日一部屋貸してしまったんですよ」

「……ということは」

「今空いてるのが一部屋しかないので、大変申し訳ないのですがお二人で一部屋お使いください」


 そう言うと、おばちゃんの弟さんは鍵を1本だけ差し出してきました。


「あ、ベッドはダブルなのでご心配なく」

「いや、ご心配なくという意味がわからないのだが。私達はカップルではない。今からでも別の部屋が空く予定はないのか?」

「今日はもうこの一部屋以外は貸せないですね。明日はもしかすると貸せるかもしれませんが……」

「あ、私は別に大丈夫ですよ」


 私の発言に、レオタさんの瞳がまた青っぽく変わっていきます。


「り、リリー殿。流石に恋人でもない男と二人きりはまずいのでは……」

「でも、他にお部屋がないならしょうがないですよ」

「他の宿を探すとか……」

「ここは観光地ですから、今からだとそう簡単に見つからないと思いますよ?」

「では、私が野宿を……」

「それはダメです! レオタさんが野宿するなら私も野宿します!」

「それ、宿屋の中で言うセリフじゃないですよねぇ。というか、この近くで野宿できそうな場所なんてないですよ」


 弟さんに苦笑いでツッコミを入れられてしまいました。

 でも、私はレオタさんの旅に同行しているだけなので、レオタさんが野宿したいのであればそれについて行くのが道理だと思います。

 迷っている様子だったレオタさんは、しばらくしてから深いため息をつきました。


「……わかった。君がそれで良いのであれば」

「じゃあ、鍵渡しとくね」


 弟さんが私に鍵を手渡します。

 その時、ポムッと私の手に弟さんの肉球が触れました。


「ほわぁ!?」

「おっと、ごめんよ。肉球が当たっちゃった」

「い、いえ! むしろご褒美です!」


 人間サイズの肉球……なんてプニプニなんでしょう……。

 あの両手で顔を包み込んでくれたら天にも登る気持ちになれそうです……。


「おーい、お嬢さん。大丈夫かい?」

「はう!? だ、大丈夫です。鍵、ありがとうございます!」


 弟さんに訝しげに見つめられてしまったので、私は逃げるように部屋へ向かいました。


「……リリー殿。大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫ですよ!」


 部屋に入ると、レオタさんも怪訝な目で私を見てきました。


「前の宿でも思ったのだが、リリー殿は猫が好きなのか?」

「へ?」

「向こうの女将さんやここの店主を見つめる目が熱っぽいから、そうなのかと思ったのだが」

「ああ。猫が好きといいますか、私、モフモフしたものが好きなんです。おばちゃんも弟さんもモフモフしていて可愛らしいですよね」


 思いがけず肉球に触れてしまいましたが、私は肉球を堪能するよりは、あの身体に抱きついてモフモフしたいですね。

 おばちゃんより弟さんの方が大きいので、モフモフしがいがあるでしょう……ウフフ。


「リリー殿。顔がだらしないことになっているぞ」

「はっ! いけないいけない」


 妄想して人前でニヤけるなんて、淑女としてあるまじき行為ですね。


「本当にモフモフしたものが好きなのだな」

「お恥ずかしながら……」

「恥ずかしがるようなことではない。確かに、動物のフワフワした毛並みは癒されるからな」

「レオタさんもわかりますか。やっぱり、モフモフは正義……!」

「君が何を言いたいのかはわからないが、モフモフが好きということは伝わってきたよ」


 レオタさんが眉を八の字にして微笑みました。

 まだ少し表情がぎこちない気もしますが、出会った当初と比べればだいぶマシです。

 ……気を許していただけている、と思っても良いのでしょうか?


「……そうだ。モフモフのものが好きなら、彼女のことも気に入ってくれるかもしれないな」

「彼女?」

「私の……いや、勇者の使役獣のことだ」

「勇者様の使役獣って……もしかして『白銀の聖竜』様のことですか?」


 勇者様は神聖な山に住む真っ白な竜を説得して仲間に加え、魔王の元にたどり着くまで共に戦っていたと耳にしました。

 その竜は人族も魔族も好きではないらしく、勇者様以外に名前を呼ばれるのを嫌ったために「白銀の聖竜」様と呼ばれるようになったそうです。

 勇者様が亡くなった後は、どこかへ飛び去っていってしまったと聞きました。

 私が勇者様にお会いした時はお目にかかることができませんでしたが、聞いたところによると「白銀の聖竜」様は全身を真っ白な羽毛で覆われた翼竜の一種なのだとか。


「彼女のは羽毛だから君が求めているものとは違うかもしれないが、彼女の毛並みは美しい上に柔らかいぞ」

「そうなんですか!? ……あ、でも、『白銀の聖竜』様は勇者様以外の人は信用していないとお聞きしましたが」

「……そうだったな。勇者の記憶では随分と懐かれていたから、そのことをすっかり忘れていた」


 すると、レオタさんは悲しげに目を伏せました。


「……そうか、呼んでも彼女が来ない可能性もあるのか」

「呼ぶ?」

「彼女を仲間に加えた時に、特殊な契約をしたんだ。勇者が力を貸して欲しいと望めば、彼女はどこにいても駆けつけてくれた」


 ほんの一瞬だけ懐かしそうに目を細めたレオタさんでしたが、すぐに表情が陰ります。


「では、呼んでも来ないというのは何故ですか?」

「彼女と契約したのは勇者だ。だが、私は勇者ではない。それに、私は魔王としての性質も持ち合わせている。彼女はどういうわけか、魔王を最も嫌っていたからな……」


 そういうことでしたか。

 レオタさんは勇者様だけでなく魔王の記憶も持ち合わせているようですから、仮に呼べたとしても以前のような関係で接することはできないかもしれません。


「でも、試してみるのはアリだと思います。『白銀の聖竜』様も事情がわかれば、レオタさんを嫌ったりしないかもしれません」

「だが、彼女の機嫌を損ねれば大変なことになる。この町にも迷惑がかかってしまうかもしれない。いや、そもそも呼び出せるかどうかもわからないが……」

「その時はその時ですよ。『白銀の聖竜』様は勇者様を信頼なさっていたのでしょう? きっと呼び出せますし、またすぐに仲良しさんになれますよ!」

「……励ましてくれるのは有難いが、本音は?」

「『白銀の聖竜』様にお会いしてモフモフしたいです!」


 まあ、触らせていただけるかはわかりませんが。

 でも、是非とも『白銀の聖竜』様を近くで見てみたいです!


「……リリー殿は案外欲望に忠実なのだな」

「これでも割と抑えてる方ですよ?」

「そ、そうなのか」


 若干レオタさんの頬が引きつっている気がしますが、私、何か変なことを言いましたでしょうか?


「モフモフしたいのは本当ですが、それよりも、レオタさんは一度『白銀の聖竜』様とお話した方がいいと思います。確か、魔王城に向かった時は別行動をとっていたのですよね?」

「……そうだな。勇者は彼女に別れの言葉一つ告げられていない。力を貸してくれたというのに、これでは不誠実だな」

「では、呼び出してみませんか?」


 少し考え込む素振りを見せたレオタさんでしたが、すぐに顔を上げて私に頷いて見せました。


「……呼び出せるかはわからないが、やってみよう」

「はい!」


 レオタさんはその場で両手を胸の前で組み、祈りを捧げるように目を瞑りました。

 しばらくそうしていたのですが……目を開けたレオタさんは、表情を曇らせました。


「……反応がない」

「そう、ですか……」

「私は勇者ではないのだから、こうなることは予想できていた。だが……やはり、辛いな」


 レオタさんの辛そうな顔に、私は申し訳なくなりました。


「ごめんなさい。私が会ってみたいなんて言ったばかりに……」

「リリー殿のせいではない。そもそも彼女は人族も魔族も好きではないのに協力してくれたのだ。お礼を言うためだけに呼び出すのも失礼だろう。彼女を呼び出すことができないとわかっただけで充分だ」


 そう仰っているレオタさんの表情はとても悲しそうでした。


「れ、レオタさん」

「なんだ、リリー殿?」

「私はこの先何があってもレオタさんのそばにいます。例えレオタさんが変わってしまっても、私は変わらずそばにいます。ですから、その、そんなにお気を落とさずに……」


 言葉を考えながら口に出していたので、少したどたどしくなってしまいました。

 嘘っぽく聞こえてしまったでしょうか……。


「……リリー殿は優しいな。ありがとう」


 レオタさんは微笑みを浮かべました。

 よかった、ちゃんと伝わっていたようです。


「レオタさん。気を取り直して、今日はもう少し屋台を見て回りませんか? クラーケン焼きの他にも食べてみたいものが沢山あるんです!」

「それは構わないが、買うのは所持金を考えて程々にな」

「わかってますよ。明日はギルドでクエストを受ける予定ですから、その前に観光気分を味わいたいだけです」

「観光客であることに変わりはないが、確かにここに滞在中はほとんどクエストを受けるだけで終わってしまいそうだからな。せっかくの観光地だから、今日一日くらいは楽しもうか」

「ありがとうございます!」


 そうして、私達は再び屋台が並ぶ通りへ向かいました。

 この後は屋台を一通り楽しんで、宿に戻って就寝しただけだったのですが……まさか翌朝、あんなことが起ころうとは、この時は誰も思ってもみなかったのです。

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