前に進むということ⑤
妹――元々琴葉と呼んでいたらしい――にエスコートされ、髪が白くて最初気付かなかったよ、とすぐ耳元で囁かれながらわたしは家に戻った。
「また道に迷うといけないから、ね?」
痛い所を突かれて言い包められたわたしは、歩いている間中の密着を許可してしまった。
世間的に見ても、これは一般的な姉妹が取る行動なのか。それとも、弓削姉妹の特別なスキンシップの一部なのか。その答えは、わたしにはわからなかった。
しかし、抱き着く許可を貰えれば迷子の事は黙って置いてあげると餌をぶら下げられ、飛びついてしまったのはわたしだ。その責務は果たす、と思った二秒後には後悔していた。
もう安易に取引はしまい。経験の少ないわたしが生後序盤で学んだ、貴重な体験だった。
そんな失敗そのものだった帰路は、お母さんが心配そうな顔でわたしを出迎えて終わりを遂げた。玄関のドアが開く寸前でわたしから離れた琴葉の口添えもあって、詮索を避ける事が出来た。
「「「「ご馳走様でした」」」」
四人揃って夕餉を終える。宣言していた事もあり、流石と言わんばかりのご馳走だった。
――けぷっ。
はしたなくげっぷを漏らし、お腹をさすったわたし。頬が染まる程恥ずかしかったが、今は心を埋める満足の方が大きい。
「しかし絆、よく食べたね……」
ネクタイを外したワイシャツ姿のお父さんがわたしを見ながら驚いている。
実はこれでも遠慮して抑えたつもりだったのだが。
「多分1キロぐらい食べたよね、お姉ちゃん」
「えっ……いや、そんな事は……」
――あったかもしれない。大皿に盛られた鳥のから揚げやホイコーロー等の美味なモノを、ひたすら食べ続けた記憶しかない。
今まで食べた料理の中でも一、二を争う味だった。箸が止まらなかったのだ。
「ふふ、お昼がやっぱり足りなかったのね。明日はもっと作らないと♪」
お母さんの発言に、若干の心の弾みを覚えた。
しかし、ただ享受するだけでは気が引ける。食器をシンクに運ぶお母さんを手伝う為に、自分の使った分の食器を持って行った。
「あら、ありがとう絆。琴葉、あんたも食器こっちに持って来て」
「えー? パパだってそこでジッとしてるだけだったじゃん‼ ふこーへーだ‼」
「……ごめんよ、梓。僕は娘の悪い見本になっているみたいだ」
「……琴葉。あんたデザート抜きね」
「ごめんなさいパパ‼ わーい、食器をそっちに持って行くぞー‼」
自分の食器を、シンクに置いてあるモノと同じ様に水ですすいでから置く。
背後で聞こえる喧噪。わたしでは、作れなかった音。これこそが、この台所に望まれた音なのだろう。
「……ふふっ。琴葉が帰って来ると、一気に騒がしくなるね」
「そう、ですね」
自然と、わたしの頬が緩むのを感じる。
改めて、ここに帰って来る事が出来てよかったと思えた。
「絆。お風呂用意してあるから、また先に入って良いよ」
洗い場で佇んでいるわたしに、お母さんがそう語りかけて来た。
しかし、ここに来た目的はまだ全部達成していない。
お母さんが手にしたスポンジと洗剤、使用済みの食器を交互に見ながら、わたしは言葉を詰まらせてしまった。
「えっと……その……て、てつ……」
「……ああ。ありがとう絆。でも、無理はしなくていいんだからね?」
「……う」
――別に、無理なんて。
そう紡ごうとして、思い当たる。
食器の洗い方、わたしにわかるだろうか。
今まで、食器を洗っている後ろ姿を眺めていた事は多々あった。
しかし、肝心なシンクの上で行われている動作は、ざっくりとしか見ていない。
手伝おうとして、逆に迷惑をかけてしまわないだろうか。
そんなはっきりとした不安が、心をざわめかせる。
少し考えた末、わたしが出した結論は。
「……ごめんなさい」
言われた通り、一番風呂を頂く事だった。




