表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
/days.  作者: 成希奎寧
前に進むということ
7/46

前に進むということ③

 ケーキ――あれがモンブランらしい。とても美味しかった――を食べた後、わたしは家の外に出て来ていた。部屋に戻っても特にやる事はないからだ。


 ぷらぷらとほっつき歩く。そんな言葉が相応しい程、わたしは目的も無く、ただ家の近所を歩きまわっていた。


 幸いにも、散歩中に知り合いに会う事は無かった。


 洗濯物を干している女性に挨拶されたりしたぐらいだろうか。


 わたしの事故は、閑静なこの近所では滅多に起こらない様な大事件だったらしい。話を聞いただけだと言うその女性が、大丈夫か、犯人がまだ見つかっていなくて怖いね、何か困った事があったら言ってね、と声を掛けてくれたのだ。


 強いて言っても、挙げられる探検中の出来事はその程度だった。


 現役の女子高生が、平日である金曜日の昼間に出会う主要人物は、皆学校に通っている頃だろう。ある意味で、必然な結果だったと言える。


「学校、か」


 家からすぐ近くにあった、小さな公園のブランコに腰掛ける。ぎい、と金属が軋む音がわたしの呟きを飲み込んだ。


 今のわたしは、身体のどこかをケガしているワケではない。学校に行かない理由は、無いと言えるだろう。


 教科書や制服も明日には用意が出来るらしい。

 色々と失ってはいるが、世間的に見ればわたしは弓削絆なのだ。籍を置いている高校がある以上、通学し、授業を受けなければならない。高校が故、義務教育ではないのだろうが。


 学校に通っていれば、新しい刺激も得られる。何かの弾みで記憶だけでも戻るかもしれない。


「……っ」


 ふと、お母さんが見せる一瞬の苦しそうな顔を思い出す。


 わかっている。


 わたしを傷付けまいと、お母さんが持つ弓削絆の思い出を心に押し込めさせている事。


 あの人の優しさは、まるで心に触れる様に温かく。

 

 そして――それ以上に残酷だ。


 わたしが長い時間あの家に居れば居る程、負担は増える。

 わたしにも、勿論あの人達にも。


 だとすれば、やる事は一つだ。


 わたしはブランコから、ゆっくりと立ち上がる。


 そのまま、予行演習も兼ねてもう少し遠くに行ってみる。


 例え勢い任せでも、何もやらないよりマシだろうから。




 それからしばらくして、日が傾き出した頃。


「……あれ?」


 少しだけ遠くに行く予定だったが、変な道に迷い込んでしまった。元来た道を辿ったつもりだったのだが、通った覚えのない道に出てしまう。


 今居る場所は、人通りが少なく、交通量も多くない。暮らすにはもってこいの閑静な住宅街だ。弓削家がある場所に雰囲気は似ているが、この道を一度も通った記憶は無い。


「……そうだ」


 携帯。連絡を簡易的に取れる、携帯電話があるハズ。


 (すが)る思いでポケットを弄るが、わたしの着ている洋服には何も備えられていなかった。


 頼みの綱が切られた思いだった。


 そもそも、弓削絆の所持品が何一つ残されていない状況だ。携帯電話など、あるハズが無い事は考えなくてもわかるだろう。


 軽い自己嫌悪に陥りながらも、わたしは立ち止まっているワケにはいかない。


『今日、琴葉が寮からこっちに帰って来るって』


 お母さんが言っていた事が耳の奥で再生される。


 今日は、弓削家にとって大切な日だ。


 ……部外者である『わたし』が、弓削絆の日常を台無しにしてはいけない。


 そんな使命感の元、わたしは小走りで動き周る。


 しかし、時の流れは残酷だ。駆けるわたしを尻目に、日はどんどんと傾いて行く。


「……はあっ……はあっ……‼」


 買ったばかりのスニーカーがアスファルトを蹴る音と、わたしの息を切らす声だけが世界にある様だった。


 この世界には今、わたし一人しか居ない。


 いや、わたし一人だけが浮いている。そんな言い様も無い孤独感を噛みしめながら、ただ走り続けた。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ