繋ぎ、繋がれて⑥
泣き崩れる高垣君を見て、わたしは思う。
わたしは弓削絆と言う名と存在を、彼女から引き継いだ。
わたしとお父さんの命を繋いだ『生命の記憶』は、確かに存在を維持する外法だ。
しかし、それまでに生きた証を捨てる――自らを認識する自分の命すらも代償に、ようやく起動する、極めて不便で、独りよがりなモノだった。
これはわたしの推測でしか無いが、この外法にはきっと、対象者の運命を変える力なんて無い。出来るのは、ただ対象者の存在『のみ』をそこに在り続けさせる事だけなのだ。
対象となった命は、それまで自分の為に刻んで来た大切なモノごと失われている。そこに入れ替わる様にして在るのは、きっと別の命だ。失ったモノの中に、その人が積んだ経験――記憶が含まれているのだから。
ただし、身体が覚えている様な簡単な動作を忘れる事は無いようだ。恐らくだが、存在を維持するとは『他者が見て、同じ人物だと認識する最低のライン』を保つ事を定義としているのだろう。
例え知識が何も残されて居なくとも、生後間もない赤子の様な状態に回帰する事は無いと考えられる。そう仮定しなければ、わたしが複雑な動作をする事が出来ない割に、簡単な動作を滞りなく行えた理由が付かないのだ。真相は、既に虚構の中だが。
DNAが全く同じだとしても、その人をその人足らしめる個性を構成するのが経験であり、知識だ。つまり、周囲がどう認識しようが、そこに立つのは別人に変わりはない。
産まれたばかりのわたしも、当初とは随分変わった様に思える。だから、これがわたしなりの成長で、前に弓削絆と名乗っていた少女とは違う道を辿っているハズだ。
だがきっと、他者から見ても、事故の影響で少し変わった様にしか見えないだろう。
知る人ぞ知る秘術。或いは、ただの奇跡的な生還を劇的に脚色しただけの妄想。
どちらかと問われれば、真実は後者となる。そんな矛盾を孕む外法なのだ。
彼女はそれを選んだ――選ばざるを得なかった。死者を蘇らせる外法が仮にあったとすれば、それを元に計画を遂行しただろうから。最善手と呼ぶには、あまりに残酷だと思う。
ただ、彼女が選び、全てを賭して託された遺物を、大切にしたいと思った。
失って、二度と取り戻せないモノはきっとある。
――それでも、新しく何かを紡ぐ事は出来る。
避けられない運命がきっとある。
――それでも、待つだけでは得られなかった何かが、ここにある。
わたしがその事を忘れなければ、絶対に『無かった事』にはならないだろう。
彼女が教えてくれた大切な事を胸に、わたしはこの世界で、最期まで生きて行く事を誓ったのだった。




