繋ぎ、繋がれて③
「あれ、ここって……‼」
合流した高垣君と共に向かったのは、高い外壁が特徴の才崎家。特に約束も取り付けていなかった為、会えるかどうかは一か八かだ。わたしは祈りながらインターホンを押す。
『はい』
「弓削と申します。湊さんはいらっしゃいますか?」
『弓削……? ああ、絆か。ちょっと待ってて、すぐにそっちに行くから』
丁度良く湊さんがインターホン越しに対応してくれた様だ。遠くから聞こえる物音に耳を澄ませ高垣君の様子を見ると、顔を青ざめさせている。
「この声……‼ 絆さんの……絆さん、まさか……」
「いいから、少しだけ話を聞いてて。別に、貴方を貶めようとしてるワケじゃないから」
「……わ、わかりました。信じます」
覚悟を決めた様な固い顔の高垣君と共に待つ。
しばらくして、正装姿の湊さんが大きなゲートを開いてわたし達の前に現れた。
「ごめん、待たせたかな」
「いえ、大丈夫です。すみません突然……湊さん、忙しくなかったですか?」
「大丈夫。ただ、午後からパーティがあるからそこまで長居は……って、そちらの彼は?」
「あ、わたしの彼氏です。高垣君って言う、同学年の」
「な、なんだって⁉」
「ちょっ⁉ 絆さん⁉」
わたしの言葉に二人が驚き、狼狽えている。ただ一人、わたしだけが一つの真実を確信している為、平然としているが。
「そ、そうなんだ……ちょっと驚いたよ。まさか絆に恋人が出来ていたとは……」
「きっ、絆さんとは……その……清い……なんと言いますか……‼」
平静を取り戻し苦笑する湊さんとは対照的に、表情を二転三転させて何かを言おうとしている高垣君。二人の様子を少し楽しみながらも、わたしはここに来た目的を口にする。
「湊さん。貴方はきっと、わたしの血縁者――兄、だったのでは? 何か理由があって、才崎家の養子になったとか……全部、ただの推測ですけど」
「……えっ⁉ お兄さん⁉」
わたしの言葉に、再度驚愕する高垣君と、柔らかく目を瞑った湊さん。しばし時間が空いて、彼はこう言った。
「……降参だよ。全部話そうか、俺と絆の関係を」
「絆の辿り着いた様に、俺は絆の兄に当たる。ただし、種違い――父親が違うけどね。俺は書類上、養子と言う事で才崎家に引き取られているけど、本当は才崎家の現当主の実の息子なんだ。
才崎家の定めた正式な婚約者とは違う女性――つまり、絆の母親だね。俺の親父と、絆の母親との間に出来た子供が、俺ってワケ。
ただ、産んだ当初二人はまだ若かった。養う力も無く、かと言って授かった命を葬るワケにも行かず途方に暮れていた所、才崎の先代から温情がかけられたんだ。
俺を養子として才崎家に迎え入れ、育て上げると。ただしその条件として、俺の親父は正式な婚約者と婚姻を交わす事になり、今に至る。
それ以上の事はわからないけど、絆と出会ったのは本当に偶然でね。俺の大学の学園祭に来ていた時に連絡先を交換して、色々と遊ぶようになった仲なんだよ。
この間、二十歳の誕生日に、実は産みの親が別に居ると聞かされて、まさか絆の母親じゃないかと思ったんだ。親父に確認したら、今その人は他の男性と結婚し、姓を弓削としていて、二人の娘を産んだと知ったんだ。
びっくりして絆に話したら『ふうん。そっか、やっぱりね』の一言で終わらせた辺り、絆の凄さを思い知ったよ。
とりあえず、こんな所かな。これが前に話さなかった、俺の知る全てだよ」
湊さんの話を聞き終え、嘆息するわたし。
「しかし絆、よく俺が兄だと思う所まで辿り着けたね。梓さんに聞いたの?」
「梓……ああ、お母さんの事ですか。聞いてないですよ、余計な心労を負わせたくなかったので……」
「……成る程。記憶が無くなっても、やる事は同じなんだね」
「……どう言う意味ですか?」
心底楽しそうに微笑む湊さんに真意を尋ねる。彼――わたしの兄は、時を振り返る様に呟いた。
「記憶を失う前の絆も、梓さんに俺との話はしていないみたいなんだ。『母さんに話したら、昔の事思い出して辛くなってしまうかもしれないから』って」
「そう、なんですか……」
やはり、彼女はどこまで行ってもわたしと同じ立場に居た人なのだ。親愛を注いでくれる相手を想う心も、しっかりと引き継がれて今に至る。
計画に家族の事が書いて無かったのは、自然とわたしがそう思うだろうと確信していたからだったのだ。
「……一つだけ、いいですか?」
「ん? 何かな?」
「産みの親が別に居るってわかって、なんでわたしの母親じゃないかと思ったんですか?」
「……それはね」
湊さんが腰を屈め、わたしの耳元に唇を寄せて呟く。
「そうじゃなければいいな、と真っ先に思ったから、確かめたかったんだよ」
耳元に吐息を感じ、身体が勝手に身震いを起こす。その様子を見て、やはり湊さんは楽しそうに笑う。
「なんてね、それじゃ、俺はこれからパーティの支度の続きをするから、ここで失礼するよ。また、どこかに出かけよう、絆」
くすり、と微笑を残して湊さんは敷地内へと戻って行く。熱を持った耳を覆う様に手を当て、ごちゃごちゃになった頭を整理した。
そもそも、学園祭で出会ったばかりの少女に、理由も無く連絡先が欲しいと思うのか?
連絡先を知りたがる。その意味は、隣でまだ呆けている彼から学んでいる。
それは、つまり――。
――だとしても、それはもう昔の話、なのだろう?
ただ、わたしは初めて湊さんに会った時に安らぎを覚えていた。今のわたしを慈しむ様に撫でられた頭の感覚は、まだ忘れていない。
自分が兄だと知らないわたしに、普通の友達だと言ったのは、本当にわたしの為なのだろうか。
その問いの答えも、このうるさく高鳴る鼓動と熱くなった耳の原因も、わたしが知る由も無く。
わたしには、ただ茫然と立ち尽くす彼を引きずり、その場を後にする事しか出来なかった。




