プロローグ④
「絆、ここが僕達の――絆の住む家だよ」
「家……」
精密検査と衰えた運動能力のリハビリを終え、身軽になった絆は約半月ぶりに我が家に帰って来た。移動に使ったタクシーから外泊数日分の荷物を下ろしている間、絆は辺りをキョロキョロと見回していたのが印象深い。
僕達の、とは言ったものの、絆は新居となる家を見ている様な感覚なのだろう。僕達がどんなに慣れ親しんだ家でも、今の絆には全く心当たりが無いだろうから。
あれから、絆の記憶から欠けてしまった部分を少しだけ探った。
結果から言えば、家族を始め、友達等の交友関係や名前、今までの思い出関連は全滅だった。僕達はその時点で、これ以上の詮索は、絆の余計な心労を生むだけだと考え、探るのを中断したのだ。
記憶の無くなった部分がわかったとしても、すべき事は変わらないと思ったから、と言うのも詮索を止めた理由の一つだ。
僕は梓と目を合わせ、絆よりも先に玄関のカギを開けて中に入る。
そこで振り向いて。
「「お帰り、絆」」
自分の娘を迎えた。
ちょっと芝居がかってしまったかと、行動を起こしてから後悔。耳が少しだけ熱くなった。
「……」
絆は何も言わない。
少し戸惑った様に、けれども確かに、微笑んでいた。
かつての絆は明るく元気に、ただいま、と返してくれた。あの姿と声が、脳裏に焼き付いていて、少し切なくなる。
いつか、記憶が戻ったら、また見る事が出来る光景だ。それまで、少しお預けを食らっているだけに過ぎない。
それにもし、戻らなかったとしても――。
「絆、まだ外は冷えるから、中に入ろう」
――いや、それはその時に考えればいい。
何よりも、娘が無事に帰って来てくれたお祝いから始めよう。
事故の影響なのか、病院に運び込まれた時には既に、絆の髪の色素が抜け落ちていた。元のキレイな母親譲りの黒髪は、白銀一色の違う美しさを纏っている。
主治医は、因果関係は不明と言っていたが、とりあえず身体に悪影響は無いらしい。
だとすれば、少しばかり見てくれも変わってしまったけれど、些細な変化でしかない。
そう考え、僕達は心身ともに少しだけ変わった娘を、いつもと変わらずに迎え入れた。
「ねえ、あなた」
「うん?」
「絆は、どうしたいのかな」
「それは、絆にしかわからないよ」
「ふふ、身も蓋も無い事を言うのね」
「……そうかもしれない」
「……ねえ。絆がどうしたいか、聞けた日にはさ」
「わかってるよ。僕達は、絆の家族として……あの日みたいに支えて、迎えるだけだ」
プロローグ 終