決別と継続⑦
「すみません……学校で驚かそうと思ってスト……いえ、付いて行ったら、偶然……聞いちゃって」
「まあ、説明の手間が省けて助かったからいいや」
学校の屋上で甘い缶コーヒー(高垣君のオゴリ)を啜りながら話を進める。友山君が察知していた気配は高垣君で間違い無かった様で、会話もほとんど筒抜けだったそうだ。
「んで、わたしとの恋人関係を解消しに来たのかな?」
「そんなバカな‼ 僕が絆さんを振るだなんて……そんな大それた事……」
力強く手を振ってハッキリと意思表示をして来る彼の姿から、本心である事は確認出来る。
しかし、彼の言動と目的が不明と言うのも不気味だ。
「じゃあ、わたしがかつてあなたと恋人同士だった人じゃないってわかってるのに、なんでわたしの様子を窺ってたの? 別人なんだよ?」
「……僕にとって、その……今と言う瞬間の絆さん以上に素晴らしいモノは、ありえませんから。例え過去の姿だとしても、僕の中で絆さんの最高の姿は更新されて行きます。僕はそのひと時だけ咲く花の様な美しさを、常に追い続けているだけです」
「ふうん……そう言う割には、わたしの行動とかもしっかり記録してるみたいだけど?」
「それは、その……取って置いた方が、今の絆さんがどれだけ素敵かわかりやすいじゃないですか。押し花やドライフラワーだって、思い出があるからキレイに残るんです」
だから今のその白い髪も素敵ですよ、とロマンチックな話の最後に、わたし個人としては嬉しい言葉も続けてくれた。しかし、どうにも引っかかる部分が多い。
わたしの事情を知ってなお、『弓削絆』に付き纏うと言うのなら、早い内になんとかしないといけない気がする。
それに加えて、昨日の夕方に話していた事……。
高垣君の狙いをハッキリとさせる事も大事だが、何よりも危険を承知で彼に接近を許したのだ、最大限に利用しなければ。
「ねえ高垣君。貴方は他でもない、今のわたしを恋人だと思ってくれるんだよね?」
「……はい。それは、心に誓って」
そう考えつつも、心のどこかで彼の真っ直ぐな視線を、信じてみたいと思うのはわたしが甘いからだろうか。いずれにせよ、すべき事は変わらないのだから、多少の雑念程度なら、構わないだろう。
「じゃあゴールデンウィークに、ちょっと付き合って欲しい事があるんだけど」
「なんなりと‼」
軽快に返す高垣君に微笑みを向けながら、彼との出会いを振り返る。思えば、看護師さんを除けば、わたしが初めて出会ったのは家族では無く、高垣君になるのだ。
「そう言えば、高垣君と病院で会った時の事だけど……」
「……すみません。あの事は、やっぱりまだ言いたくないです。僕の心の整理が出来るまで、待ってて貰えますか……?」
「ん?……ああ、違う違う。それじゃなくて」
偶然勘違いさせてしまった事により、彼が何か大切な事を隠しているのを思い出す。あの時、確かにこの少年は、人目を憚りながら何かを伝えようとしていた。
しかし、今の――いや、昨日の時点ではまだ記憶喪失の弓削絆としてしか認識していなかったか――わたしには言いたくないと口にしていた。
その認識される弓削絆の違いに該当するのは恐らく、記憶だ。当初、わたしが記憶を失っているとは担当医ですらも知り得なかった事だ。
わたしが目覚めた時、記憶が残っていると考えるのが自然な反応だろう。
そして最も大切な事は、敢えて事故後、目覚めたわたしに『伝えなくてはいけない事』があると彼は言ったのだ。
わたしが求めているモノを、彼が何かしらのカタチで知っているのは明白だった。
ただ、あまり無理矢理追求して心を閉ざさせる方が賢くない。今は静観し、単純に聞きたい事のみを尋ねるべきだろう。警戒されて、心の奥底に仕舞われるのも癪だ。
「高垣君って、毎日わたしのお見舞いに来てくれてたの、って聞こうとしただけだよ」
それならお礼も言いたいし、と明るく振舞う。彼の暗い表情は一変して、焦りを中心にしたいつもの挙動不審な仕草を取り始めた。
「いえっ、お見舞いに行ったのはあの日が初めてです‼ あの病院に行ったのすら初めてでしたよホントに……ええ‼」
最早見慣れたそれを見て、思わず嘆息をした。
「……わたし今度検診があるんだ。入院中に看護師さんと仲良くなってさ、話聞かせてくれって言われてるんだけど……その時に、癖毛の男の子が来てなかったか、聞いてもいいかな?」
「すみません嘘を吐きました、かかりつけの病院です」
わたしが話している段階で既に、目に見えない速度で土下座の体勢に移行していた高垣君。壊滅的に嘘を吐くのが下手と言う点は、話が意外と進みやすくてありがたかった。
高垣君の背中に腰掛け、足を組む。成る程、なかなか座り心地は悪くない。少し出た背骨が臀部に障るが、気にする程ではなかった。
「あの、絆さん……これは一体……?」
「罰だよ、罰。恋人に嘘を吐くなんて、『さいてー』らしいよ」
「……すみませんでした」
「……はあ。それで、お見舞いはどれぐらい来てくれたの?」
「えっと……病院には毎日行ってたんですが、絆さんの病室が面会謝絶で、入れなかったんです。だから、お見舞いと言うか、会ったのはホントにあの時が最初なんです、お願いします、信じて下さい‼」
わたしを背に乗せたまま土下座を続行する高垣君。何故かわたしが悪い事をしている気分になったので、とりあえず立ち上がった。
「……わかった。次は許さないからね?」
「絆さん……‼ ありがとうございます‼」
パッと明るい笑顔で立ち上がり、わたしを信頼の眼差しで見つめて来る。この少年からは、本当に純粋な好意も感じるのだ。
「……そうだ。寄りたい所あるんだ、付き合ってくれる?」
「……はい‼ どこでも付いて行きますし、欲しいモノがあれば何でも差し上げます‼」
「そ、そう……ありがと。あ、これご馳走様」
空になった缶コーヒーを持ち、屋上を後にする。
「絆さんが、僕の事を見てくれている……出来れば、ずっとこのまま……」
ブツブツと、後ろで何かを呟くのが聞こえた。あまりよく聞こえなかったが、この背中に走る悪寒が、全てを物語っている気がする。
わたしに伝わる好意が純粋過ぎて、最早狂気に走っている事も、なんとなく感じ取れていた。




