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/days.  作者: 成希奎寧
決別と継続
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決別と継続⑤

 仁科さんに一頻り堪能された後、わたしはようやく解放された。


 まだ鼻の奥に残る香りに、俄かに耳が熱くなるのを感じながら、頭を働かせる。


 この子の過剰なスキンシップには、どうも琴葉のそれに近しい何かを感じるのだ。それと照らし合わせられるモノをどこかで見た様な気がしていた。


「あっ、そう言えば……」


 先程見せられた日々の情景達に、一つの共通点を思い出す。


 物は試しだ。離れてからもわたしを見つめる少し物憂げな瞳に吸い込まれる様に、仁科さんに顔を近付ける。


「……っ‼」


 目の前の少女は途端に顔を背け、ハリのある頬を染めた。この反応はまるで……。


「ねえ、友山君」


「なんだ?」


 わたしは仁科さんから離れ、友山君に気になった事を尋ねる。彼はどこか悟った表情で、わたしの言葉を待っていた様だった。


「……もしかしなくても……わたし達って……三角関係って言うか……」


「……あー、うん。別に取り合ってるつもりは無いけど……単純に優希、『両刀使い』だから。女の子が好きな部分は、弓削っちで補給してたよ。でも安心しな、別に恋仲とか、そう言うんじゃなくて……単純に、優希が弓削っちの優しさに甘えてただけだ」


「ちょ、ちょっとトモ君⁉ 内緒にしててって言ったのに……! うそつき、さいてー‼」


「いや、もう本人にバレてるし、その内すぐわかると思うぞ。写真撮るって密着すると、すぐにボロが出るからな。俺と二人の時はあんなに小悪魔っぽいのに、弓削っちが居るとしおらしくなる。男に強くて女に弱いって、いったいどんな感覚してんだ……俺の彼女は」


 そう、写真の共通点は、仁科さんがどちらかと必ず密着していた事だった。


 当の本人はあわあわと友山君の口を塞ぐかわたしの耳を抑えるかで迷っている。なんだかその様子が面白かった為、わたしも二人のやり取りに一興を添えたく思った。


 そう言えば、琴葉と一緒に読んだ漫画に、一つ面白そうなモノがあったハズだ。見よう見まねだが、実践してみよう。


「仁科さん」


「えっ、えっと、何⁉」


「おお、見事な顎クイ」


 仁科さんの顎を指でクイと持ち上げ、顔を先程よりも近付ける。一瞬の間を置いて、言葉が唇から滑り出した。


「優希、落ち着いて」


「ふべらっ……はっ……はいぃいいいい……♪」


 驚愕の表情から一転し、蕩けたマシュマロの様になったそれをそっと離す。仁科さんはそのまま座り込んでしまった。


 頬を掻きながら友山君に向き直ると、彼は口を開けたままわたしの顔を見張っていた。


「……もしかして、やり過ぎた?」


「……まあ、ちょっと、な……一応前はユキちゃん、って呼んでたから、ダメージデカそうだな」


「ギャップ、って奴かな?」


「ああ、そんな所だと思うぞ。と言うか、弓削……お前、随分とアグレッシブになったなあ……俺、感心しちゃったよ」


「そっか。なら、呼び捨てはからかう時だけにしよっか……なんてね」


「や、やめてよぉ……こんなの何回もやられたら、嬉し過ぎて死んじゃうよ……‼」


「じゃあ、慣れなきゃいけないな。そんなんじゃ、いつまで経っても名前で呼んで貰えないぜ?」


「そ、そんな急には無理ぃ‼ トモ君のイジワルぅ!」


 地べたでいやいやと首を振る彼女を見て、収まらぬ頬の吊り上りをどうすればいいのだろう。助けを求めて友山君の方を見るが、彼もわたしと似た状況らしい。先程とは全く違う意味で肩を震わせていた。


 三人で過ごす時間は、かけがえのない何かを感じる。きっと彼女も――かつての自分も、ここに心を奪われていたのだろう。満たされる心に温もりを感じながら、わたしはそう考えた。


「弓削と一緒に居ても、俺達は遠慮しない恋人同士でいい。何故かそう思えるのが不思議だよな」


「そ、それは同感だけど……」


「……と言う事は、二人きりでも同じ感じなの?」


 わたしの不躾な質問に対し、友山君は少し上を見て、考えながら答えてくれる。


「まあ、な。恋人らしい事は、流石にもうちょっとしてるかもしれないけど」


「あ、ああ言うのはね……流石に人前では出来ないよ」


 未だに座り込んだままの仁科さんが力無く呟いた。


「どんな事してるの?」


「相変わらずグイグイ来るな……そりゃあまあ……したら嬉しい事って言うか……互いに嬉しいって言うか……」


「そっ、そーゆーの恥ずかしいからやめてよ‼」


「ん、そうだな。恥ずかしいと思う事をし合うのが恋人同士って奴‼ うん、それだ‼ これでこの話終わりな。なっ‼」


 ビシっと音が立つくらいのサムズアップをわたしに向け、続きを話す気配を絶つ。


 穴だらけのわたしの頭が、人目を憚る恥ずかしい行為と聞いて連想するのが、一つあったのはケガの功名と言う奴だろうか。


 腑に落ちない何かを抱えながらも、やり取りを心の底から楽しんだ朝のひと時だった。




 幸福な時間をひと時の後、落ち着きを取り戻した仁科さんが立ち上がる。わたしはそれに合わせて、聞いておきたい事を尋ねた。


「それで話戻すけど……昔のわたしから頼まれた事って、全部終わってるの?」


「えっと……うん、そうだね。計画表も、絆ちゃんが別人として私達に会いに来る、で終わってたハズだから」


「俺の方も同じだ。予定よりもかなり早まってるけど、これで終わりなのは間違いないな」


「予定よりもって……計画だと、どれくらいだったの?」


「確か……終わりが六月とかだった気がするな。つっても、始まりがどこからなのかは教えられてないんだけどさ」


「きーちゃん、教えてくれなかったもんね」


「……ん? 計画表には書いてないの?」


 自分が死の危険にある事、そして命を繋いだ後の事までも見通していた、秀才による計画の道筋だった今回の一件。


 ただし、その計画にはズレが生じているらしい。ここまで周到な計画を組める人間が、誤差では済まないどこかで想定外の何かが起こったと考えるべきだが……。


「うん。術式が発動した時、どうなるかわからないから書いてないって言ってた。基本的に私達は、絆ちゃんが自発的に記憶を取り戻そうとした時だけ、この話をする様に言い付けられていただけだからね」


「でも、弓削は見事にクリア。それどころか、俺達すら知り得ない情報まで掴んでた。これ以上無い大成功だろ」


 恋仲同士にある二人は顔を見合わせ、今度は朗らかに笑った。


 彼女はこの二人を、余程信頼していたと見える。一つでもズレていたら、何もかもが台無しになっていた、危うい計画だったと言うのに。


 ここまでは計画通り。それは素直に喜ぶべきだろう。


 しかし、それだけ用意周到な彼女ですらも、わたしの目覚めの時期は正しく予想出来なかった。何か不気味な違和感を醸し出しているが、成功ムードに浸る彼らに言うべき事ではないだろう。


 もう二人には、十分過ぎる程力を貸して貰ったし、巻き込んだ。


 ここからは、わたしの出番だ。

 決意を新たにした所で、廊下の方から人の話し声と足音が聞こえ始めた。


「……っと、そろそろ早い奴等が登校して来る時間だな……」


「目、赤くなってないかな……?」


「いや、なってるだろ、絶対……」


「……復学早々にサボりたいんだけど、どう思う?」


「「ダメ」」

 初めて出会ったばかりとは思えない居心地の良さを感じながらも、わたしは溜め息を吐く。

 クラス中からまた質問責めに遭うのは避けたいのだが、そうもいかないらしい。


 少し憂鬱な気分を心に押し込めながら、わたしは始業の時間を待つ。


 新たに出来た確かな居場所――奇妙な縁から始まった、友達の二人と共に。



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