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/days.  作者: 成希奎寧
決別と継続
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決別と継続③

 語り終えた二人は、同時に大きなため息を吐く。恐らく、本当に終わりなのだろう。


 正直に言えば、信じ難い内容の列挙だった。


 しかし、現実に弓削絆の記憶と所有物は失われている。大がかりなドッキリだと疑うより、信じた方が圧倒的に早いだろう。


 それに、わたしは真実に仇なしているのだ。だとすれば、虚構にこそ求めるモノがある。二人の話を疑うと言う事は、わたしが今までして来た行動の意義の否定になってしまう。


「……でも、気になるな」


「……何か、問題が?」

 わたしは顎に手を当て、二人の話を振り返る。三か月間準備を重ね、『生命の記憶』が完成したと仮定する。

 問題は、その前提にある。


「なんで彼女は、自分が死ぬとわかったんだろう?」


「……それは俺も、ずっと気になっていた。だが弓削っちが、絶対に教えられないって言い張るから、流石に聞けなくてな」


 困った様に友山君が唸る。仁科さんはそれより気になる事がある様で、わたしの方を凝視していた。


「……どうしたの? わたしの顔に何か?」


「いや……と言うか……全然、動じないんだね……?」


「んー。なんとなく察してた部分もあるけど、実感が湧いてないからだと思う。貴方、一回死んだのよ、って言われて、心の底から信じるのは難しいんじゃないかな」


「……まあ、そうだよね……」


 彼女の安堵に吐息に、何か含んだ様なモノを感じて気になった。


「なんか、ホッとしてる?」


「うーん……その、実感が湧いた時が……ちょっと気掛かりだな、って……」


 仁科さんとの友好関係は、かなり親密なモノだったようだ。滲み出る優しさに、頬が自然と緩む。


「妹からも聞いてたけど……仲良くして貰ってたみたいだね」


「いや、どっちかっつーと俺らが気に掛けて貰ってた感じの方が強いけど……でも、三人で遊んでたのは、いっつも楽しかったぜ」


 わたしの言葉に、少し照れ臭そうにしながら友山君が返す。ほら、と見せて来たスマートフォンの画面には、仁科さんと友山君、そして黒い髪のわたし――弓削絆の姿が場面ごとに切り取られていた。


 画面がシャカシャカと切り替わり、写真が代わる代わる写し出される。その日々の情景の中に、確かな絆――人の繋がりを感じた。


 やはり琴葉と仮定した通り、他人の所有物には影響が及んでいない様だ。


 つまり、わたしが写っている写真等であっても、所有権がわたしに無ければ失われていない。


 極秘の隠匿や、生きた痕跡の消去にしては認識が甘い気がするが――それ以外の理由があるのかもしれない。


「そう言えば、失われるモノの区別なんだけど……」


 わたしは二人に、琴葉と導き出した四つのルールの詳細や成否を尋ねる。二人は、問うたわたしに心底驚いたと言いた気な表情で、こちらを見やっていた。


「……きーちゃんの予測よりもよっぽど情報が多いね」


「ああ……まさか、手紙が所有権の譲渡に引っかかるなんてな……もしかして、弓削っちはなんとなく気付いてたのかもな」


「ん? どう言う事?」


 二人の発言に顔をしかめていると、友山君が真剣な顔のまま、目を細めて言う。


「いやな。弓削っちは独自にその秘術を研究してたみたいなんだが……俺達に文書としてメッセージを残してたんだよ。元々、さっきの色紙に貸与するって明記するアイデアを出したのも弓削っちだしな」


 俺達が書く文言とか考えたのもほとんど弓削っちなんだ、と彼は続ける。詳しいルールを把握していたのは、弓削絆当人のみだった、と言う事を頭に入れながら、残したと言うメッセージの事を考える。


「成る程、メッセージか……それ、今ある?」


「あるにはあるけど……まあ、見せた方が早いかもな」


 友山君が物言いたげな表情のまま、一枚の折り畳まれたルーズリーフを取り出す。少し痛んでいるが、損傷は酷くなさそうだ。


 彼の顔を見ると、力無く頷いた。弱い首肯の意味がわからず、罫線の見える用紙を広げ、中身を確認する――その瞬間で理解が進んだ。


「これ、白紙?」


 そこには、何も書かれていない。何故こんなモノが取って置かれたのかが分からない程に何も残されていない。


 まるで、あのほとんどが失われたあの部屋の様に。


 そして先程仁科さんに返した色紙に書かれていた、寄せ書きがわたしを導く。

「……失われた、贈られたメッセージと同じって事……?」


 つまりここに書かれていたのは、弓削絆に贈られたメッセージか、或いは――。


「まさか、自分の為にメッセージを書いたって? わざわざ、他人が持つ紙に……なんでそんな事を」


「……ホントに頭の回転速いね。私、説明されるまで全然わからなかったのに」


「いや、普通わかんねえって。それだけ、自分が置かれた状況から逃げずに向き合ってるって事なんだろうけど……それにしても、何もかも早過ぎて怖いぜ」


 二人の言う『はやい』の違いに、引っ掛かりを覚える。わざとやっているのかどうかはわからないが、偶然だと仮定すると、彼女がこの二人を協力者に選んだ理由が垣間見えた気がした。


「早いって……何と比べて?」


「きーちゃんね、あらかじめわたし達に、成功したらどんな結果になるかを教えてくれてたんだよ。大体の予測、だったんだけどね」


「つまり……これは、元・計画表になるのかな。弓削絆が今後、どう動くかを想定したものだった、みたいな」 

「……マジで、なんでわかんの?」


「正解、なんだね。って事は、ここに記された計画が消える事で、完遂の証になる。そっか、だから二人は昨日会っていないハズのわたしが、記憶を失っている前提で手紙を書けたんだね」


「それもあるけど、私達、廊下で貴方が自己紹介してるのを聞いてたんだ。計画が大幅に早まってたのもあるし、普通に考えれば、復学初日に欠けた寄せ書きは持って来ないかな、とも思ったから、面と向かわずに教えてあげられる事を、手紙にしたんだ」


 あの手紙も元々は計画書だったんだよ、と仁科さんが教えてくれた。


 わたしは教室の床を、つま先で叩いた。夢では無い様だが、ここまで来ると急に目が覚めたとしても驚かないだろう。幾分か夢の方がまだ、現実味がある場合も多いだろう。


 それもそうだろう。これは外法を用いた後の話なのだ。今となっては、真実でない事象を探れば、虚構らしい一面が見えても、何もおかしくはない。


 何よりも、受け入れるしかないのだ。一度起こってしまった事は変えられない。彼女もそれを理解していたから、事前に対策を練っていた。そう考えるのが自然だ。


 だとすれば……あの言葉は……。


「成る程、とりあえず何が起こったのか、ぐらいはわかった……弓削絆は……その、死んだって解釈をすればいいのかな?」


「「……」」


 一呼吸置く事で、ようやく彼女達の説明に頭が追い付いて来た。


 二人は押し黙り、言葉をどの様に発するかを迷っている。わたしは今、待つ事しか出来ない。


 先程口にした、彼女は――弓削絆は、死んだと言う事の意味の重さが、ずしりと腹の底にのしかかる。


「……少なくとも、だけど……きーちゃんは、別に死ぬ為に行動するワケじゃないって言ってた。でも……でも……‼ やっぱり、居なくなっちゃうのは寂しいよ……っ‼」


「優希……泣いちゃダメだ。約束しただろ……然るべき時まで、泣かないって……『あたしの葬式で、たくさん泣いて欲しい』って、言われただろ……?」


 声を震わせ、仁科さんが悲鳴に似た何かを紡ぐ。少女の隣に立つ彼は、心を支える様にそっと肩を抱いているが、彼女の震えは止まらない。


 泣き声を発する仁科さんは、大粒の涙を零しながらわたしを見る。


「もっと一緒に居たかった、もっと一緒に遊びたかった‼ もっと触れ合って、もっと笑い合いたかった……‼」


「……そうだな……‼」


 支えようとする腕に、更に力が込められるのが見て取れる。それでも、震えは増すばかりだ。


 彼女を支えている君自身が、心を揺らしてはダメじゃないか。


 どこか他人事の様に感じてしまうわたしは、やはり彼女では無いと思い知ってしまう。それがとてつもなく、嫌だった。


「ひぐっ……ぐすっ……きーちゃん……‼」


「……っ‼ うう……っ‼」


 二人が悲しむ姿を見て、わたしはようやく理解する。


 仁科さんは手紙に、弓削絆の事を咎人と書いた。


 咎人の協力者とは、即ち共犯者――赦されるのは、二人にも与えられた権利だった。


 わたしがわたしとして接触しなければ――最初から、記憶を失った弓削絆として接していれば、彼らは友人の死と直面せずに済んだのだ。


 計画は失敗し、奇跡の様な生還を果たした少女が、ショックで記憶を失っただけ。誰も失われていない――その結末は、しっかりと用意されていたのに。


 だがそれを拒んだのは、他でもないわたしだった。


 計画通りだからこそ彼女達は、今のわたしを敢えてかつてのあだ名で呼ばないのだろう。


 ここに居る人物が、既に失われていると証明する唯一の鍵は、わたし自身だったのだ。


 今二人が涙を流しているのは、わたしのせい。


 がむしゃらに前だけを向いて、他の事象を省みなかったが故の代償。


 弓削絆の葬式と言う、然るべき時よりも早く、彼女の死を意識させてしま――。




 ――然るべき、時?




 悲しみに暮れる二人を見て、わたしは自分を意識する。


 死はきっと、逃れ得ぬ事実。


 彼女が、用意周到な計画を組んでなお、避けられない運命だったとして。


 彼女は何故、協力の容易い家族ではなく、この二人を共犯者に選んだ?


 わたしを導いてくれそうだったから?


 それもあるだろうが、本質は違うだろう――二人がきっと、彼女の親友だったからだ。恐らく、家族にも言えない様な秘密を共有する程に。


『……やっぱり、進むんだね』


 頭の切れた彼女なのだ。自分が死ぬ可能性がゼロでは無い以上、すべき事は全てこなしていただろう。

 結果として、残念ながら命が失われたが、彼女の遺志はここまで途切れていなかった。


 計画書の存在。ここまで辿り着くと予想したわたしに鍵を遺し、ここまで導いた理由は。


 文言も彼女が考えたと言う。ならば、ここまでの偶然はありえない。


 あの寄せ書き――色紙にわざわざ記した彼女の動機は。


『仁科優希から弓削絆へ。この色紙を貸与致します。然るべき時に返却願います』


 わたしが渡されたバトン――繋がれた『生命の記憶』が意味する事は。

 



『あたし』の葬式で、たくさん泣いて欲しい。




「……っ‼」


 頭が気付いた時には既に、身体は震える二人に抱き着いていた。


 親友の死を受け入れ、見送らなければいけないと知った時は、きっと辛かっただろう。

 ――親友を遺し、逝かなければならないと悟った時には、きっと辛かっただろう。


 だが、忘れたくなかったのだ。

 ――だが、忘れて欲しくなかったのだ。


 だから手紙を書いた。この涙に塗れた結末が見えていても。

 ――だから協力を頼み込んだ。世界に弓削絆が存続しても、消え行く自分を遺しておく為に。


 わたしの行為は、墓穴を暴く様な、決して許されない行為なのかもしれない。


 見て見ぬフリをして、ただ幸せを享受していれば、いずれ時の流れと共に風化する痛みになり得ただろう。


 でも。それでも。


 家族にすら伝えられなかった想いがある。


 彼女は叶うならば、と未来に――わたしに願ったのだ。


 友人に避けられない悲しみが訪れる時、どうか傍で受け止めてあげて欲しい、と。


 その為に、全てを失った自分の行動すらも計算に入れ、綿密な計画を練ってまで。


 きっと、心優しき共犯者へ、この言葉を伝える為に。




「今まで本当に、ありがとう。『あたし』も、楽しかった……‼」




 何の前触れも無く命が失われた時には、決して言えない最期の言葉。


 有終の美を飾る――そんな風に言ってしまえば聞こえはいいかもしれないが、所詮はちっぽけな人間の、避けられない運命への悪足掻きに過ぎない。


 だが、わたしにはわかる。


 ただやらずに、待っているだけでは居られなかった――きっと、それだけの理由だ。


 ――これで、よかったかな。 

 本当に、わたしが伝える役目を担っても、よかったのかな。


 誰に問うでもなく、わたしは頭に思い浮かべる。


 取り戻すと決めたハズのあなたはもう、ここには居ないのかもしれないけれど。


「きーちゃん……‼ うえっ……うえぇん……‼」


「バカヤロー……‼ お礼を言うのは、こっちだろうが……‼ うおおおおお……っ‼」


 この頬を伝う涙は、きっと偽物ではないだろう。


 これでやっと、三人が前に進む準備を始められる気がした。


 どれだけ悲しくても。どれだけ心が痛んでも。どれだけ涙を流そうとも。


 ただ受け入れるだけではいられない。前に進まずには居られない。


 例えその先に絶望が待っていると知っていたとしても、歩む事を止められない。


 きっと、あなたもそうだったんだろう?


 だとすれば――。




 ――これが弓削絆の取るべき行動だと、自信を持って言えるから。




 偽りだけが存在していたハズの教室に、朝日が遅れて差し込む。


 そこには、悲しみを乗り越える為に迸った雫が濡らす、等身大の三人の姿が、確かに映し出されていた。






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