決別と継続②
「あなたが仁科さん、だね。これ、返すよ」
「……やっぱり、進むんだね」
夜の帳は引き上げられ、朝日が差し込んだ世界。
早起きして身だしなみを自分で整え、迷いながらも一人で登校する。
明らかに早過ぎる時間にも関わらず、教室にはお揃いのブレスレットを付けた、一組の男女の姿があった。わたしは彼女の罪状――貸与されていた色紙を返却し、全てを知る権利を得た。
「わたしが失っているのは記憶だけじゃない。あなたはそれを知ってる」
「うん。全て、記憶を――足跡を失う前の貴方から託されてる」
首肯する彼女を心配そうに見守り、肩に手を添える男子生徒――友山君。その手に自分の手を重ね、互いに支え合う様子は時間の重みを感じるモノだった。
「……まるで熟年カップルだね」
「うっせ。お前、記憶無くなっても全然変わんねえよな……まるっきり別人みたいな感じで来るかもしれない、とか言ってさ。確かに髪は真っ白になってるけど、そんぐらいだ」
「ま、まあまあ。きーちゃんも、色々と不安はあるけど……って言ってたじゃない」
「別に、今に始まった事じゃねえけど……こいつが初めて俺達の関係に対しての発言がコレってのが納得いかねえ……」
ぶつくさと不満を漏らす彼氏を笑いながら宥める彼女。良い関係なのだろう、彼女が進んで二人と関係を保っていた理由は、すぐにわかった。
「……コホン。さて、かつて結んだ契約の通り、今では虚飾に塗れた過去の出来事を開示します。本当に、いい? 昔の話だから、あまり面白く話せないし、貴方には直接関係の無い話にはなってしまうけれど……私達が知ってる事、全部話しちゃって、いいんだね?」
一つの咳払いの後、先程の和やかな彼女の雰囲気とは違い、真剣な表情で問われる。
わたしは、これまでの全てを込める様に、力強く首肯した。
「……わかりました。では、全てを明かし……」
こくり、とかわいらしく唾液を嚥下する音を響かせ、
「貴方を、絶望へ誘います」
眉一つ動かさず、こう告げた。
「事の始まりは、三ヶ月前……私達がまだ、二年生の頃の事。きーちゃん……過去の貴方が、青ざめた顔で私と彼を呼び出しました」
「そこで俺達に告げられたのは、突然過ぎる別れの挨拶だった。『今までありがとう、楽しかった』って。当然俺達は何も知らなかった、だから取りあえず、話を聞いたんだが……」
「……私は、今年の春が最後に迎える季節だろう。彼女は、そう口にしました。
「理由は頑なに教えてくれなかった。ただ、あまりにも真剣に話すモンだから、俺達も信じざるを得なくてな。取りあえず、戸惑いながら協力を申し出たんだ」
「突拍子が無い話ではありましたが、その続きよりはまだ信じられる内容でした。彼女が望んだのは、魔法の様な……それこそ現実離れしたとも言うべき手法で、自分の身体を守ろうとする計画の手伝いだったのです」
「あいつは、ただ死ぬ程諦めは良くなかった。ダメ元で、どこかから仕入れた情報で、自分の命を救う方法を試したら、それが成功しちまったんだ」
「確かに突拍子も現実味も無い話ではありましたが……彼女の強い自信に感化され、私達は全面的に彼女を信用し、望みを叶えました」
「言っちまえば全部、偶然だ。方法を知っちまったのも、協力したのも、成功したのも」
「それでも、成功したのは事実です。彼女の望みは果たされ、貴方は今こうしてここに居る」
「あいつ曰く、それまで生きていた存在が死ぬ瞬間、現実を『区切る』事で、そこで終わるハズの命とそれからを生きる命を分断したらしいんだ」
「故に彼女は死に、貴方は生を得た。世界の理から外れた、まさに外法です」
「そして、勿論代償はあった。そりゃそうだ、この方法が繰り返されれば、人が死なない世界が出来上がっちまう。それなりのどころか……得られるモノ以上のリスクがあったらしい」
「元々は、孤独な一人の命が繋がれるだけの為の手法だったらしく……汎用性は、度外視されたモノだそうです」
「失われるのは、術の組成式、それと使用者の記憶と、生きた足跡……つまり、遺した記録や所有物等らしい」
「つまり、使用者の過去全てを代償に――他人として、命だけを繋ぐ『生命の記憶』と呼ばれる秘術……私達は、それだけしか聞かされていません」
「んで、俺達が任されたのは、こうしてあいつの顛末をお前に話す事、そして……」
「彼女が生きたと言う証をこの世から失わせない為、思い出を貴方以外の誰にも話さず、覚え続ける事」
「『この外法を知った人間が蔓延する制約だろう』ってあいつは言ってたが、多分合ってるだろ。こんなのが誰にでも知れ渡ったら、今の社会は成り立って行かねえからな」
「……以上、です」




