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/days.  作者: 成希奎寧
痛みを知る少女
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痛みを知る少女⑬

 昼食を終えたわたし達は応接室に戻った。その後、五十嵐先生から一日の大まかな流れや年間スケジュール等の説明を受け、一息をついていた時の事だった。


「そう言えば弓削さん、下履きってどこに置いたの?」


「あっ……荒本先生と一緒に花壇に行った後、昇降口の所に置きっぱなしです……」


「そしたら、それをしまいながら下駄箱の場所も確認しておこっか?」


 同意したわたしを連れ、先生は昇降口まで慣れた足取りで向かった。


「あ、あれです」


 昇降口にポツンと置かれているローファーを見て、申し訳ない気持ちになりながら駆け寄った。決してぞんざいに扱ったつもりはなかったのだが、脱ぎっぱなしと言う印象が強く残る佇まいだ。付着した花壇の土に、確かな時間の流れを感じる。


 今日わたしが取った行動の証が、ここに刻まれていた。まるでわたしが歩いた道に残った、足跡の様に。


「じゃあ、それをこっちに持って来てね。えっと、三年二組はこっちだから……あった、ここだ」


 五十嵐先生の案内で判明した、弓削絆の下駄箱には何も残されていなかった。土の一欠片すらも無く、ただ靴を置くだけのスペースがそこにはあったのだ。


「……ん? 弓削さん、その上履きってどうやってここから出したの?」


「いえ。この靴は、今日わたしが家から持って来たモノですから」


「あら、そうなの……じゃあ、元々入ってた靴はどこに行ったんだろう……?」


 恐らく、弓削絆の所有品として失われたのだろう。しかしその事を伝えても、先生を混乱させるだけだ。何より、まずわたし自身が起こっている現象を理解していないのに、どうして説明出来ようか。


 丁度、目線の高さよりも下になる位置の空洞に、靴を入れた。


「……あれ?」


 ローファーの中に、何かが見えた気がする。おもむろに手を入れてみると、靴の中から一枚の紙が出て来た。


「なあに、またラブレター⁉ いいなあ弓削さん、いっつも羨ましいんだから‼」


「いっつもって……そんなに頻繁にラブレターなんて……」


「貰ってたわよ? 週に二通ぐらい。まあ、どれも匿名だったみたいだけど。私がよく相談受けてたし。なんかリアルタイムな話題が多かったみたいで、少し怖いって言ってたけど。でも全部取って置いてるってのがかわいらしかったな、ザ・初心うぶって感じで♪」


 わたしの中の弓削絆像が、未知の生物と化して行く。他人から好意を寄せられた事など……。


『うっわ、イイよお姉ちゃん。その照れ顔だけでご飯三杯ぐらいイケちゃうね』


 ……違う。あれは好意では無く邪念だ。


 連鎖的に思い出してしまったタオルの事など、嫌な記憶を振り切る様に紙を開く。


 そこに何が書いてあるのかも知らず、覚悟を決めていないままで。




『真実を求める、名も知らぬ貴方へ。貴方が目指す道の先に在るのは、遺された絶望だけだ。

 それでも前に進むと言うのなら、貴方が背を追う咎人の罪を贖うがいい。

 その場に踏み止まり、安寧を求めるならば、咎人は赦され、安らかな眠りに誘われるだろう』




 一瞬にして、頭の中が真っ白になったようだった。


「……何これ? 誰かの悪戯かな」


 後ろから覗き込んでいた先生が素っ頓狂な声を上げているが、遠くから聞こえている音の様に、内容が頭に入って来ない。


 やはり何かが――真実が、ここにある。

 しかし、抽象的で対象を指定しないメッセージの内容をすぐに理解する事は出来なかった。


「こう言うの、ゲームとかでよく見るわよね。謎解きみたいな、看板とかに書いてある奴みたいな」


「……謎解き、ですか」

 わたしが先生の言葉をオウムの様に返した時点で、チャイムが鳴り響く。

 時計に目を向けると、先生から聞いていた五時間目の終了時刻と同じ時間を示していた。


「あっ、ごめん弓削さん‼ 私、次も授業があるのよ。今日やる事はもう終わってるから、帰っても大丈夫だよ。応接室で、放課後まで待って仁科ちゃん達と一緒に帰っても構わないし」


「わかりました。色々、気を遣ってもらって、すみませんでした」


「全然大丈夫。逆に弓削さんと一緒にお話しただけで仕事になるなんて、ラッキーだったよ‼」


「……ありがとうございます」


「それじゃ弓削さん……また明日ね‼」


 五十嵐先生はわたしにサムズアップを見せた後、ドタバタと廊下を駆けて行った。


『五十嵐先生‼ 廊下は走らんで下さいよ、いい年してみっともない……生徒が真似したらどうしてくれるんですか』


『は、はああああっ⁉ 年齢は関係ないじゃないですか‼ 荒本先生だって生徒に変な感情抱いてる癖に……あ、そう言えば弓削さん、先生が気に掛けてるって知って、ちょっと喜んでましたよ』


『いや、別に変な感情なんて……あん? その事、内緒っていいませんでしたっけ、俺?』


『言ってましたけど? いい年して、ロマンチックな事ほざいてましたね』


『……上等だ五十嵐ィ。十年前のケリを、今ここで付けてやるよ……』


『……あ、あーっ、次の時間授業だー、急がなきゃー‼ それじゃ私はこれで‼』


『待てやコラァ‼』


 木製の廊下を踏み鳴らす音が二足分に増え、午後の休み時間は過ぎて行く。周囲の生徒も特に気に留めない辺り、最早日常的な光景と生活音なのだろう。わたしも気にしない事にした。


 ローファーに入れられていた手紙を再び手に取る。独特な言い回しの文章だが、意思を正確に読み取れれば、大きなヒントになるだろう。


 顔も知らない友人の存在が頭を過る。字面に見覚えがある為、高い確率で仁科さんが残した手紙だと思われる。しかし、わざわざ文書にして靴に入れたと言う事は、今日の時点では会えない、と言う意味なのだろうか。


「……よし」


 わたしは気を引き締め、応接室に向かった。しかし、特に残る理由も無いのに学校に居続けるのもなんだか気が引ける。そう思い、わたしは帰り支度を整え、学校を後にした。




 


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