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/days.  作者: 成希奎寧
痛みを知る少女
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痛みを知る少女⑧

 叫んだわたしに、荒本先生が目を背けず、口を開く。


「……だったら、自分の言動にもっと気を付けろ」


「……えっ?」


「人の口に関戸は立てられん。お前がどんな立場を取るのも自由だが、変な噂はあっという間に広まるんだ。それこそ、学校で収まりが付かないぐらいにな」


 沸騰していた頭が、急速に冷えて行く。


 わたしは、行動を起こす前に考えるべきリスクの存在に、たった今気付いた。


 先程わたしは、弓削絆の名誉を守る為に、自分の呼称を否定した。何もわからないわたしが行動をするのだ、その場面は今後、必然的に多くなるだろう。


 その度に『わたしは弓削絆ではない』と吹聴した挙句、彼女を取り戻せなかったら、どうなるだろう?


 そしてその噂が何も知らない人の耳にも入る。それが広まり、家族にまで伝わってしまえば、娘が自分達を弓削家の一員だと思っていないと考えるのが自然な流れだ。


 昔の絆とは違う――そう思われた時に彼女の両親が見せる、あの悲しげな表情が一生続いてしまうだろう。


 さらに言えば、仮に彼女を取り戻した時、わたしがそこに居るかもわからない。もしわたしと言う人格が失われるのであれば、それまでの行動の弁解すらも叶わないのだ。


 つまり、自分の呼称の否定は、如何なる場合でも絶対に犯してはならない禁則事項だった、と言えるだろう。


 彼女の今後を脅かす行為は、可能な限り避けなくてはならない。例えそれが、彼女を守ろうとした意思の表れだったとしても、わたしが弓削絆として対処しなければいけなかったのだ。


「わかったみたいだな。流石に頭がよく切れるらしい」


 大きなため息を吐きながら、先生は肩を竦めた。その様子に違和感を覚え、たまらず尋ねる。


「う……もしかして、狙ってやってたんですか?」


「伊達に生活指導の担当やってねえよ。前に校内で金品を盗んだ生徒と話した時、『親と警察には言わないで下さい』なんてふざけた事言ってたのを思い出した。たまに居るんだ、自分のやっちまった事の意味が、手遅れになってから気付く様な、能天気な奴がさ」


 先生のしたり顔の近さに驚いて、詰め寄った距離を離しながら、わたしは視線を背ける。


「わたし、能天気な窃盗犯と同じですか……確かに、彼女に申し訳ない事をしたとは思いますけど」


「能天気なのは事実だろう。ただ、罪の意識ってのは、自覚して初めて重みが生まれる。その程度には個人差があるだろうから、俺にはわからん」


 あの花達を蹴散らしたのと同じ様にな、と忌々し気に呟く先生。わたしは答える様に、口を開いた。


「わたし……わたしなりに、頑張って彼女を取り戻します。もし弓削絆らしくない行動を取ってしまったら、全部謝るつもりです……それで、許されると思いますか?」


 他人に答えられるハズがない事を聞いた、と我ながら思う。先生はやっぱり困った様に呻いた後、言いにくそうに答えてくれた。


「……さあな。ただ、頑張っていればいつか認めてくれる奴が出て来るのを、俺はついさっき知った。だからきっと、お前の頑張りも、見てくれる人はきっと居るとは思う……そんぐらいしか、俺には言えん」


「……ふふ」


「なんだよ、お前が聞いて来たから答えてやったのに……」


「あ、すみません……ありがとうございます、荒本先生」


 口元を抑え、緩んだ表情を隠す。舌打ちをしながらバツが悪そうに道具を片付け始めた。


「あっ、手伝います」


「いらん。教師に向かってふざけるな、なんて言う口の悪い奴に手伝わせる程俺は困っちゃいないし、心も広くない」


「あっ……す、すみませんでした、ちょっと必死になっちゃって……」


 感情に任せた言動を申し訳なく思いその場で佇むと、荒本先生は静かな笑顔を浮かべてこちらを向いた。


「……それでいい。悪い事をしたと思ったら、素直に謝ればいい。だから俺も、お前に当たり散らした事を謝っただろ?」


「……あ……そう、でした……ね……」


 言葉だけでなく、その行動でも規範となるように。

 きっと、この人はそう心掛け続けているのだろう。

 

 何度間違えても――何度、誰かに嫌われようとも。


「お前が本当は弓削絆じゃないから、間違った事をした。そんなことは、当事者以外は誰も思わんだろうし、胸を張って堂々としてりゃ、きっと大丈夫だ」


「……荒本先生……セクハラですよ、それ」


「誰も外見の話なんてしてねえだろうがっ‼ 全く、これだから最近の若い奴は……」 


 先生はそれ以上語らなかったが、かなり気に掛けてくれている様だった。


 命に携わる作業を経て、あまり良い出会いをしなかったハズの荒本先生と少しわかり合えた気がした。

 心に産まれた温かみを感じながら、わたしは思った言葉を素直に口にする。


「……いつか、あのプレートに名前を書きたいです。他でもない、わたしの花ですから」


「そうか。それじゃ、絶対にこの花を咲かせないといけないな……それと、そこに書く名前もよく考えておけよ……大切なモノだったら、尚更な」


 使用した用具を携え、わたし達は花壇を後にする。


 荒らされ、一度更地に戻った花壇には、一つの命が育まれ始めていた。



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